「困った時の憲剛頼み」「メディアの特性理解」「尺まで考える」「頭の回転速い」メディアに愛されたのは…ありがとう中村憲剛「14」の物語―2021年元日 川崎フロンターレを引退―

スポーツ報知
現役時代の中村憲剛(2020年12月27日の天皇杯準決勝)

 J1川崎フロンターレのMF中村憲剛(40)が2021年1月1日の天皇杯決勝で18年の現役生活を終えた。憲剛と関わった人たちに、それぞれの憲剛を語ってもらう連載の第10回はメディアの方々。憲剛氏が信頼を置く、川崎フロンターレのオフィシャルライター・麻生広郷氏、フリーディレクター・方岡勢詞氏、NHK・高橋邦和氏、フリーディレクター・菅壮一郎氏の4人に登場してもらいました。(構成・羽田 智之)

■礼儀正しくて気さく

 ―初めて憲剛氏に会った時のことを教えてください。

 麻生氏「プロ1年目、2003年の後半だったと思います。麻生グラウンドでインタビューしました。広報の方から期待のルーキーと聞かされていたので、ちょっと身構えましたが、実際話してみると、気さくな若者で、色々話してくれたのでありがたかったです」

 高橋氏「初めて話したのは2004年シーズンに入る前、麻生グラウンドでの練習後だったと記憶しています。私は当時、警察取材などが主で、アスリートに話しを聞くのは憲剛が初めてでした。取材のきっかけは神奈川県に当時Jのチームが4つ(横浜F・マリノス、横浜FC、湘南、川崎)あり、また東京との距離感から、地域密着が難しい土地柄でどう工夫しながらプロスポーツチームとして存在感を示して活動していくかという話題を企画にしたいと考えていて、広報の熊谷さん(当時)に相談したところ、『将来的に中心になると期待している選手がいるので話しをして欲しい』と紹介されたのが憲剛でした。最初の印象は色黒でとにかく線が細い。まだ大学生のような雰囲気も残っていて、初対面なのにどこかで会って話したことがあるような気さえしました」

 方岡氏「2007年、当時まだ存在していたオールスターのファン投票の中間発表で1位になり『中村憲剛はなぜ人気があるのか?』というような企画VTRを制作しました(最終的にカズさんに抜かれましたが…)。数日密着風の取材をして、車中インタビューが初めてだったらしく『こういうのテレビで見たことある』と、そのシチュエーションに興奮気味だった憲剛を覚えています。その時の印象は…地味、きゃしゃ、ぐらいでした。まさかここまでの選手になるとは思っていなかったです」

 菅氏「礼儀正しく、そしてサッカー大好き青年って感じでした。出会ったのは2005年だったと思います。『やべっちF.C.』では各ディレクターが、担当クラブを持つのが決まりみたいになっていて、自分は当時、アシスタントディレクターからディレクターに上がりたてだったので、“上がりたてつながり”ということで、“J1に上がりたて”のフロンターレ担当に任命されてからの付き合いです。初めて会ったのはクラブハウスで、番組のインタビュー撮影だったと思います。憲剛単独のインタビューではなく、ワンコーナーのワンブロックだけ出てもらうようなものでした。使われる尺なんて、ほんの数十秒にもかかわらず、ひとつの質問に対して、詰め込むだけ詰め込んで色々なことを答えてくれた記憶があります。もしくは、伊藤宏樹さんと食事に行った時に、宏樹さんが連れてきたのが初対面かも(笑)。でも、初めて会った時の印象は全く変わりません」

■取材時間短く感じる

 ―取材をしやすい選手でしたか?

 高橋氏「取材しやすいかというと、そんなことは無いです。こちらが投げかける質問の意図やどのような答えを求めているのかを常に考えながら返答しようとしているのが伝わるので、インタビューをしながら、お互いに、この論理展開で筋道が通っているのかを確認しながら話している感覚になり、憲剛とのインタビューはいつも時間が短く感じます。サッカー以外の雑談や仕事の場を離れたやりとりでは、そんな構えて話すことはないですが、取材となると、憲剛に引っ張られて頭を使いますね」

 方岡氏「取材しやすいというか、かしこいですね。ライトな層の地上波テレビ、コア層のスカパーやDAZN、そしてマニアックなオフィシャル動画など様々な露出媒体がありますが、その特性をよく理解している。すべてのメディアにおいてコメントが使いやすい。引退後はテレビに出まくっていますが、まだまだ憲剛バブルは続くと思います」

 菅氏「言い方は良くないかもしれませんが、『こういう答えが欲しいんでしょ!』という感じで、こちらの意図を分かっているのだと思います(笑)。ディレクターが欲しがっている答えをすぐに出してくれる。こちらからすると、『それそれ!そういう答え待ってました!』とニヤニヤしてしまいます。質問案を作っても、その先の質問の答えまで話してしまうようなことも。『やべっちF.C.』では大人から子供まで、サッカーを知らない人でも楽しめる番組を目指していたので、そういうところも理解した上で、難しいサッカー専門用語をあまり使わず、分かりやすい言葉に置き換えて話してくれる印象もあります。サッカー専門誌などの記事を読むと、メディアのジャンルを理解した上で言葉を使い分けているんだなと思います。自分の考えを言語化するのがうまいです」

 麻生氏「皆さん同じだと思いますが、何度か話すとこちらの顔と名前をすぐ覚えて本人の方から声をかけてくれるので、取材する側としては非常にやりやすいです。コミュニケーション能力の高さと頭の回転の速さがすごいと思います」

■「ありがとう」印象的

 ―憲剛氏は自分を表現する言葉を持っている。おっと思ったことはありますか?

 菅氏「驚いたのはプレーの解説をしてもらった時に、映像を見なくても自分の頭の中で映像を再生しているかのように、こと細かに解説できていたこと。インタビューを撮って、後から映像と照らし合わせてみたら、味方の位置や相手選手の位置、動きなど全て再現できていたのにはビックリしました。ピッチ上でプレーしているのに、俯瞰カメラで見た選手の位置や動きがリンクしていたことは衝撃的でした。後日、そのことを伝えたら、『うん。そりゃそうだろうね』みたいな感じで、あっさりしたリアクションなのにもビックリしましたけど(笑)」

 方岡氏「自分を表現する言葉はあまり記憶にないですが、『ありがとう』が多い選手だと思う。東日本大震災以降、毎年訪れている岩手・陸前高田市で、サッカー教室で触れ合った子供たちや市民の方に対して、憲剛からサインを書き終えた後や市民との交流が終わった後に『ありがとう』という言葉をとても耳にした。そういう言葉が自然に出る所に人柄や誰からも好かれる理由があると思う」

 麻生氏「自分を表現する言葉を持っている選手ですよね。おっと思ったことは数多くあり、逆に、思い浮かびません。人の話を聞いたり本を読んだりして、その中で出てきた印象的な言葉が自然と頭の中にインプットされているのではないでしょうか」

 高橋氏「最近だとリハビリ中だった昨年4月、左膝の状態を気にしていた時、スネの筋肉に刺激を入れたら全体の状態が好転したと細かく教えてくれたことがありました。憲剛と話していると、ピッチ上のことやサッカーを取り巻く環境のほか、その時々の社会情勢についてなど話題が多岐にわたりますが、その時にやはり自分の体に向き合ってきちんと説明できるのはプロ生活を積み重ねてきたアスリートだなと改めて感じました」

■ピッチ同様攻守OK

 ―映像媒体をはじめ、メディアにとっては?

 

 麻生氏「天性なのか、計算なのか、自分を良く見せる術を知っている選手でした(いい意味で)」

 高橋氏「ある時からVTRの尺を考えて話すようになりました。方岡さんや菅さんなど敏腕ディレクターの影響だと思います。試合後のコメントは端的に試合の流れなどをまとめてもらえるので非常に助かりました」

 方岡氏「とても『使いやすい』存在です。攻撃も守備も出来ます!みたいな。まさに現役同様のポジショニングで今現在メディアを駆け巡っていると思います。それができる理由の一つに、バナナの帽子かぶりや算数ドリル撮影などフロンターレ独自の無茶ぶりに鍛えられたおかげもあるのではないでしょうか。そしてそれを嫌な顔をせずサポーターのために楽しみながら乗っかる憲剛の天性?努力?も素晴らしいですね」

 菅氏「『やべっちF.C.』時代は“困った時の憲剛頼み”的な存在でした。新しい企画にチャレンジする際、真っ先に名前があがるのが、川崎フロンターレ中村憲剛でした。硬派なインタビュー企画、ボールを蹴る企画、バラエティー寄りの企画、分析企画、何でも対応できるマルチサッカー選手みたいなイメージです」

■初招集秘蔵VTRが…

 ―憲剛氏との印象的な仕事は?

 方岡氏「あるテレビ番組で、2016年欧州チャンピオンズリーグ決勝、レアル・マドリードvsアトレティコ・マドリードのプレビュー企画としてインタビューした時、『キープレーヤーはカゼミロ(レアル)』と答えたので、そのカゼミロを中心に制作しました。すると、決勝前日の公式会見でアトレティコのシメオネ監督が『レアルで注意する選手はカゼミロ』と発言しました。すると、『シメオネの会見聞いた?』、『シメオネ、俺のVTR見たな』と、うれしそうなLINEが来た。やはりサッカーを見る目があるなと感じましたね」

 高橋氏「2006年10月、日本代表に初招集された際、代表に合流するその日の朝に集合場所の横浜に早く着きすぎると憲剛から電話があり、当時、私が横浜に住んでいたので迎えに行ったのが印象に残っています。奥さんの加奈子さんが運転する車と合流した後、みなとみらいのファミレスに案内したらさすがに…となり、代表の集合場所のホテルの隣にある別のホテルのラウンジで我那覇選手とも合流して、一般紙とスポーツ紙を全紙に時間をかけて目を通した後、移動したのが今でも思い出します。オシム監督にチャンスもらえたことを喜んでいて、私も自分のことのようにうれしかったです。ちなみに、この時の様子をいつか番組になどと思い、なんとなく撮影していたのにそのVTRを無くしてしまい、昨年、引退に向けて番組を作る機会を得たにも関わらず、そのVTRが日の目を見ることが無かったことが悔やまれます」

 菅氏「あげたらきりがないですが…。やっぱり初タイトル(2017年J1優勝)を取ってスタジオに生出演してもらった時です。優勝の可能性がでてくると、クラブを通して選手にお願いするのですが、憲剛は『もちろん!絶対行く!』って快く言ってくれます。でも、(優勝を逃して)結果、来られないというのが多かったので、実現した時は本当に嬉しかった。長年クラブを担当してきて『祝!川崎フロンターレ初優勝SP!』と銘打って番組を放送できたことは、これまでのことが報われたと思った瞬間でもありました!もうひとつは2010年にACLで顎を骨折した時。密着させてもらって復帰までのドキュメントを作った企画が印象に残っています。アウェーの城南一和戦で、クラブに帯同して取材のためピッチでカメラを回していました。ぶつかった瞬間、すごい音がして倒れ込んだんですが、その後もプレーを続けていたから大丈夫なのかなと思ってカメラを回していると、プレー中ずっと口から凄い量の血を吐き続けていました。後で、顎が割れたままプレーしていたと聞いてゾッとしました。手術後のリハビリに密着し、「サッカーのためなら何でもポジティブにやれる人だな」と思いました。噛めないため固形の食事がとれず、プリンを歯の隙間から注射器を使って嬉しそうにちゅーちゅー吸って、幸せそうに『うまい!」って。そんな様子を見てますます好きになりました」

 麻生氏「2010年のアジア・チャンピオンズリーグで、下顎骨骨折という大怪我をして、そこからの復帰までのドキュメント原稿を書きました。本人と何度も相談しながら書いたのですが、『とにかくリアルに』というリクエストがあったので読む側からするとちょっと生々しかったかもしれません」

■「憲剛ロス」あまり感じず

 ―憲剛氏が引退して初めてのシーズンが始まりました。憲剛ロスはありますか?

 麻生氏「時々、クラブハウスに来ているので、今のところ(憲剛ロスは)感じません。本人にとって、クラブハウスは家みたいな場所なのでは?」

 高橋氏「みなさんどうなんでしょう? 実は私は今のところ現役時代ならキャンプ情報や『デジっち」で見る程度だったことを考えると、引退後あまりにも引っ張りだこで、露出する媒体がTV・ネット・紙面など多くあることからロスなくきています」

 方岡氏「全くない(笑)。今もフロンターレの練習などを撮影していますが、選手の仕上がりも例年以上に良く、競争意識も高まっているので、昨季以上に楽しみ。だから安心して解説業に励んでください。むしろ『憲剛ロス』という言葉が出るのは憲剛自身が一番悲しむのでは…」

 菅氏「あると言えばあります。ベテラン勢も活躍しているので、中村憲剛もまだまだプレー出来たんじゃないか?ってふと思ったこともありました。でも、本人も周りのチームメイトも前に進んでるので、そう思わないようしているというのもありますし、テレビやYouTubeなど色んな場所で憲剛がサッカーの話をしているのを見ると、とても楽しそうにしているし、興味深い内容になっていて、華麗な解説を聞かせてくれているので、今、ロスはあまり感じてないです。まぁ、万が一『やっぱり現役に復帰する!』と宣言するなら全力で応援します!」

■スポーツ界盛り上げて

 ―今後に期待することは?

 高橋氏「私がサッカーを見るときに必ずあるのが“中村憲剛”という視座なので、今までそれが選手という立場でしたが、これからは解説者、そして近い将来、指導者の道に進んだ時に、どのように感じてどのようなものが見えるのか、また言葉にして伝えて欲しいなと思います」

 麻生氏「とにかくバイタリティがあるので、何か期待しなくてもさまざまな分野で活躍してくれるでしょう」

 菅氏「地上波のサッカー番組が無くなってきているなか、これからも多方面でサッカーの面白さと奥深さを伝えていって欲しいです。そして、FRO(Frontale Relations Organizer)の肩書きから、監督という肩書きにかわる日を楽しみに待っています」

 方岡氏「フロンターレやリーグなどのサッカー界だけでなくスポーツ界を盛り上げてくれる存在であってほしい。現在コロナの影響でスポーツ界が不要不急のレッテルを貼られ、熱狂が感じられない存在になってきていますが、影響力がある憲剛にはどういう形であれ、もう一度スポーツの魅力を取り戻すきっかけを作ってほしい。期待しています」

 ―最後、憲剛氏に一言。

 方岡氏「引退後、メッセージ入りのユニホームをプレゼントしてもらい、それを家に飾っていたら、自分の仕事とサッカーに興味のない家族から『そんなすごい人と仕事をしていたの』と少し褒められました。ありがとう憲剛!」

 高橋氏「6歳になる娘が憲剛のチャントを歌えるようになったのですが、生かす場所が無く困っています。どうしたらいいでしょうか?」

 麻生氏「選手時代にできなかったことをたくさんやって楽しんでください」

 菅氏「コロナが落ち着いたら、ご飯いきましょう!!現役時代は食事に行ってもお酒を飲まなかったから、お酒を飲みながら色々な話しをしたいなー。酔った中村憲剛を見てみたい!笑」

◆麻生 広郷 川崎フロンターレのオフィシャルライター。

◆方岡 勢詞 フリーランスのディレクター。川崎フロンターレのオフィシャル映像の撮影も担当。

◆高橋 邦和 NHKスポーツニュース部デスク。

◆菅 壮一郎 フリーランスのディレクター。テレビ朝日系「やべっちF.C.」などを担当。

サッカー

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請