【DeNA】三浦大輔監督が降板後にトレーナー室で感じた揺れ 帰宅諦め球場泊「本当に怖かった」…東日本大震災から10年

スポーツ報知
練習前に黙とうがささげられた

 DeNAナインは東日本大震災から10年となった11日、本拠地の横浜スタジアムで行われた全体練習前に、黙とうを捧げた。

 あの日から10年。「18」だった背番号が「81」に変わり、指揮官になった三浦監督は、ハマスタを見渡しながら思い返した。

 「10年前、ここでオープン戦をやって先発した。投げ終わってトレーナー室でアイシングをしていたときに揺れて、慌ててグラウンドに出た。トレーナー室のテレビも倒れるんじゃないかと。本当に怖かったですね」

 2011年3月11日。37歳だった三浦“投手”はハマスタのマウンドに立っていた。一塁を筒香、三塁は村田が守っていた。オープン戦のヤクルト戦(横浜)に先発。4回にバレンティンに2ランを被弾するなど、5回を投げて7安打3失点で降板し、アイシングを受けている際に強い揺れが本拠地をおそった。ベンチ裏にいた関係者はグラウンドに出た。試合は7回表途中で打ち切られた。ハマスタの照明が大きく揺れた映像は、テレビで何度も紹介された。

 「周りのホテルとかマンションが揺れているのも見えた。ファンの方の悲鳴も聞こえた。しばらくして車で帰ろうと思ったけど、ものすごい渋滞だった。1時間経っても球場のすぐそばだったんで、家族とも連絡は取れていたので、球場に戻った。その日は4、5人で球場に泊まりました」

 特に被害の大きかった東北と比べれば、横浜の被害は少なかった。それでも恐怖は忘れられない。

 「野球ができていることに感謝をしないといけない」

 10年前の記憶を思い返しながら、練習前には黙とうを捧げていた。

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