羽生結弦 「頑張れ」に救われた 東日本大震災10年 1193文字に込めた思い

2019年12月、GPファイナルのエキシビションで「ノッテ・ステラータ(星降る夜)」を演じる羽生結弦。10年前の3月11日、避難所の外で見上げた夜空に満天の星が輝いていた(カメラ・矢口 亨)
2019年12月、GPファイナルのエキシビションで「ノッテ・ステラータ(星降る夜)」を演じる羽生結弦。10年前の3月11日、避難所の外で見上げた夜空に満天の星が輝いていた(カメラ・矢口 亨)

 死者1万5900人、行方不明者2525人に上った東日本大震災の発生から10年を迎えた11日に合わせ、フィギュアスケート男子で五輪連覇の羽生結弦(26)=ANA=がメッセージを寄せた。宮城・仙台市内のリンクで被災し、家族と共に避難所生活も経験。「スケートをしていていいのか」と悩みもした。たくさんの「頑張れ」に触れながら苦難を乗り越え、被災地に光を照らしてきた羽生が、1193文字に今の思いを込めた。

 * * *

何を言えばいいのか、伝えればいいのか、分かりません。

あの日のことはすぐに思い出せます。

この前の地震でも、思い出しました。

10年も経ってしまったのかという思いと、確かに経ったなという実感があります。

オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、被災地の皆さんとの交流を持てたことも、繋がりが持てたことも、笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物です。

何ができるんだろう、何をしたらいいんだろう、何が自分の役割なんだろう

そんなことを考えると胸が痛くなります。

皆さんの力にもなりたいですけれど、あの日から始まった悲しみの日々は、一生消えることはなく、どんな言葉を出していいのかわからなくなります。

でも、たくさん考えて気がついたことがあります。

この痛みも、たくさんの方々の中にある傷も、今も消えることない悲しみや苦しみも…

それがあるなら、なくなったものはないんだなと思いました。

痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思います。

あの日以前の全てが、在ったことの証だと思います。

忘れないでほしいという声も、忘れたいと思う人も、いろんな人がいると思います。

僕は、忘れたくないですけれど、前を向いて歩いて、走ってきたと思っています。

それと同時に、僕にはなくなったものはないですが、後ろをたくさん振り返って、立ち止まってきたなとも思います。

立ち止まって、また痛みを感じて、苦しくなって、それでも日々を過ごしてきました。

最近は、あの日がなかったらとは思わないようになりました。それだけ、今までいろんなことを経験して、積み上げてこれたと思っています。そう考えると、あの日から、たくさんの時間が経ったのだなと、実感します。

こんな僕でもこうやって感じられるので、きっと皆さんは、想像を遥かに超えるほど、頑張ってきたのだと、頑張ったのだと思います。すごいなぁと、感動します。

数えきれない悲しみと苦しみを、乗り越えてこられたのだと思います。

幼稚な言葉でしか表現できないので、恥ずかしいのですが、本当にすごいなと思います。

本当に、10年間、お疲れ様でした。

10年という節目を迎えて、何かが急に変わるわけではないと思います。

まだ、癒えない傷があると思います。

街の傷も、心の傷も、痛む傷もあると思います。

まだ、頑張らなくちゃいけないこともあると思います。

簡単には言えない言葉だとわかっています。

言われなくても頑張らなきゃいけないこともわかっています。

でも、やっぱり言わせてください。

僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思うので、

その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。

頑張ってください

あの日から、皆さんからたくさんの「頑張れ」をいただきました。

本当に、ありがとうございます。

僕も、頑張ります

2021年3月

羽生結弦

(原文まま)

 ◆羽生結弦の2011年からの10年

 ▼11年3月11日 アイスリンク仙台で練習中に被災し、スケート靴のまま外に逃げた。自宅は全壊判定、家族で避難所暮らしも経験。

 ▼同4月 神戸でのチャリティー演技会で「白鳥の湖」を舞う。募金活動も。

 ▼同11月 ロシア杯でGPシリーズ初優勝。

 ▼12年3月 震災発生から1年の11日に「アイスリンク仙台復興演技会」に出演。17歳で初出場した世界選手権で銅メダル。

 ▼同11月 宮城で行われたGPシリーズNHK杯で優勝。

 ▼同12月 全日本選手権初優勝。

 ▼13年12月 GPファイナル初制覇。

 ▼14年2月 ソチ五輪で19歳で金メダリストに。

  • ソチ冬季五輪の羽生結弦

    ソチ冬季五輪の羽生結弦

 ▼同3月 世界選手権初優勝。

 ▼同4月 仙台で凱旋パレード。9万2000人集まる。

 ▼16年1月 復興支援を目的とした「NHK杯スペシャルエキシビション」が盛岡で開催。「天と地のレクイエム」を演じる。

 ▼同12月 GPファイナルで男女通じて史上初の4連覇。

 ▼17年4月 世界選手権はフリーで10・66点差を逆転し、3年ぶり2度目の優勝。

  • フリーの演技を終え、ナンバー1ポーズをとる羽生結弦

    フリーの演技を終え、ナンバー1ポーズをとる羽生結弦

 ▼18年2月 平昌五輪で男子66年ぶりの連覇。

 ▼同4月 仙台で凱旋パレード。沿道に10万8000人。

 ▼同7月 個人最年少23歳で受賞した国民栄誉賞の表彰式に地元の伝統織物「仙台平(せんだいひら)」のはかま姿で出席。

  • 安倍首相(右)から盾を送られ笑顔を見せる羽生結弦

    安倍首相(右)から盾を送られ笑顔を見せる羽生結弦

 ▼20年2月 四大陸選手権を制し、男子初の「スーパースラム」を達成。

 ■宮城リンクへ寄付

 〇…宮城県のアイスリンク仙台が10日、羽生から211万6270円の寄付があったことをホームページで発表した。継続的に行われてきた自叙伝の印税の寄付の総額は、3144万2143円になった。同施設は「羽生結弦選手より今年もまた多額のご寄付をいただきました」と報告。「いつも地元仙台を深く愛され、また、『アイスリンク仙台』のことも、とても大切に思ってくださっています」と感謝の言葉を並べた。

2019年12月、GPファイナルのエキシビションで「ノッテ・ステラータ(星降る夜)」を演じる羽生結弦。10年前の3月11日、避難所の外で見上げた夜空に満天の星が輝いていた(カメラ・矢口 亨)
ソチ冬季五輪の羽生結弦
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