桃田賢斗の3・11「絶対に風化させない。活躍することに意味がある」福島・富岡高1年時インドネシア遠征中悲報

福島県双葉町地図
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桃田賢斗
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 バドミントン男子シングルス世界ランク1位の桃田賢斗(26)=NTT東日本=が、このほど報道各社の代表取材に応じ、発生から10年を迎える東日本大震災へ思いを新たにした。福島・富岡高1年時に被災。「恩返しの場」と位置づけた2016年リオ五輪は違法賭博問題で棒に振り、20年には交通事故で自身の生命を脅かされた。紆余(うよ)曲折を経た日本のエースは、復興五輪として招致された21年東京大会へ「感動を与える試合をして金メダルを」と不変の誓いで挑む。(構成=細野 友司)

 世界王者の心は、常に被災地に寄り添っている。発生10年の節目を前に、桃田は率直な心境を明かした。

 「本当に長いようで短いし、短いようで長い。10年の節目で、自分の状態がすごくいい時に東京で五輪が開催されるのは何かの縁があると思う。感動を与える試合で金メダルを取りたい。自分が活躍することで、必然的に富岡町や福島県のことが出る。絶対に風化させてはいけないので、自分が活躍することに意味がある」

 震災当時は富岡高1年。インドネシア遠征中だった。現地で見たテレビ報道に、16歳の青年は言葉を失った。

 「仙台空港が映っていて、ほとんど流されているような感じだった。最初は何が起きたか分からなかったけど、徐々に地震が起きて津波が発生したんだなと。インドネシアに取り残される孤独感は、今でも忘れない」

 発生から数年後、母校を訪れて目の当たりにした光景も、強く脳裏に残る。

 「15年か16年に1回だけ入らせてもらった。いろいろな棚とかが倒れていて、自分が座っていた席とかも分かるけど全部ぐちゃぐちゃ。あれは相当ショックだった。めちゃくちゃきつい練習をした体育館が、照明が全部落ちて、照明のガラスも割れて…。あれには言葉が出なかった。悲しかった」

 富岡高は震災2か月後から猪苗代を拠点に活動再開し、桃田も卒業まで2年間を過ごした。社会人となっても順調に成長し、世界ランク2位まで駆け上がった16年。恩返しの場となるはずだったリオ五輪は、違法賭博問題で棒に振った。

 「中学生から6年間ずっと福島にいて、第二の故郷というか。僕のバドミントン人生は、福島県で培われたといっても過言ではない。本当に自分を成長させてくれた場所かなと思う。前回(リオ)は本当にたくさんの人を裏切ったので、(東京五輪は)2倍の感動を与えられるように頑張りたい」

 20年1月の交通事故から再起し、同年末の全日本総合で復活V。復興五輪の東京大会で、頂点に立つ道筋は見えている。今年1月には新型コロナ陽性でタイ遠征を見送ったが、順調に回復。今月17日開幕の全英オープンで、1年2か月ぶりに国際大会へ復帰する予定だ。

 「海外の人と試合を全然できていないので、不安要素はすごく多い。自信を持って『勝ちます』と言い切れないけど、すごく大きな大会だし、五輪に向けた本当な大事な一戦。強い気持ちでしっかりと戦いたい」

 ◆桃田 賢斗(ももた・けんと)1994年9月1日、香川・三野町(現・三豊市)生まれ。26歳。12年世界ジュニア選手権優勝。福島・富岡高を経て13年NTT東日本入社。15年世界選手権銅メダル。リオ五輪前の16年4月に違法賭博問題で出場停止処分を受け、17年5月に復帰。18、19年世界選手権2連覇し、18年9月から世界ランク1位をキープ。20年1月にマレーシア遠征中の交通事故で右眼窩底(がんかてい)を骨折。同年末の全日本総合で実戦復帰。175センチ、72キロ。

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