手嶋龍一さんが描く究極のヒューミント小説「鳴かずのカッコウ」

次回作には中国・武漢を舞台とした作品を考えているという手嶋龍一さん
次回作には中国・武漢を舞台とした作品を考えているという手嶋龍一さん

 元NHKワシントン支局長で、外交ジャーナリストの手嶋龍一さん(71)が、11年ぶりとなる小説「鳴かずのカッコウ」(小学館、1870円)を出版した。神戸を舞台に、漫画好きのオタク青年が情報機関である公安調査庁で一人前のインテリジェンス・オフィサー(情報員)となっていく姿を描いた同作は「新型コロナ禍の中だからこそ、この内容になった部分はある」という。その理由は…。(高柳 哲人)

 2010年の「スギハラ・ダラー」(後に「スギハラ・サバイバル」に改題)以来、11年ぶりの小説。世界各国が細やかに描かれた、情報員が活躍する作品を「待ってました」という読者も多いはずだが、手嶋さん自身には「久しぶり」という感覚はそれほどないという。

  • 小説「鳴かずのカッコウ」
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 「僕が書くインテリジェンス小説は、ノンフィクションの情報を扱ったフィクション。書いた時点では起きていないことが、後になって実際の出来事になることもあります。いわば、ストーリーが現在進行形なので、『物語を書いている』感覚がないんですね」

「現在進行形」 過去2作も日本が舞台として出てきたが、主人公は外国人。それが、今作では初めて日本人の新米情報員・梶壮太が物語の中心に据えられた。これも、小説が「現在進行形」であるがゆえだ。

 「前の2作品を発表した当時は、世界情勢の中で日本のインテリジェンス・オフィサーが活躍する場所は、どこにもなかった。だから、日本人を主人公にする意味もありませんでした。ところが、2010年頃を境に中国が世界に進出し、隣国の日本はインテリジェンスの舞台の最前線になったわけです。そこで、日本にもオフィサーが生まれる素地が整ったんですね」

 その主人公・梶は漫画が大好きなオタク青年。情報員に憧れていたわけでもなく、「公務員だから」という理由だけで公安調査庁に入ってしまった「迷い子」だ。「まさに漫画。あり得ない!」とも感じるが、現実はあながち間違ってはいないという。

 「いいオフィサーというのは、過剰な愛国心は持っていません。『お国のために…』というものでもないし、誰もがギラギラしているわけでもない。インテリジェンスの世界では、ミスマッチがあってしかるべきというところから始まります。だから、『物語を面白くするために、主人公の設定を極端にした』ということではないんです」

 梶が所属する公安調査庁は、実在する機関。それでも、一般的にはその存在はほとんど知られていない。女優・戸田恵梨香(32)と俳優・加瀬亮(46)が共演したドラマ「SPEC」の公安警察と混同している人も多いかもしれない。そんな“マイナー機関”に光を当てたい気持ちもあったのだろうか。

 「もちろん、それはありました。一般的に、情報機関がない主権国家というのは、なかなか考えられない。日本は攻撃的兵器を所有せず、それは一つの選択肢でもありますが、力のないウサギは牙を持つ代わりに長い耳で異変を感じ、危機を回避する。でも、戦後日本は、牙も長い耳も持っていなかったんです。そこに生まれようとしている『長い耳』の存在は、知ってほしいと思いました」

 本作が執筆されたのは、新型コロナウイルスで行動が制限された昨年。「閉じこもるしかなくて時間があったから、書けたんです」と手嶋さんは笑ったが、新型コロナは作品の内容にも影響を与えているという。

 「インテリジェンスにはさまざまなものがありますが、その中でも最も重要なのはヒューミント(ヒューマン・インテリジェンス、人的情報収集)です。ヒューミントのためには、人間的魅力を持たなければならない。また、究極のヒューミントは相手と一対一で向き合って切り結び、時にはどなられることも必要。でも、コロナで現在はそれが難しい状況でもあります」

 その世相が、ルーキーながら期せずして大物の案件を釣り上げてしまい、戸惑いながらも成長をしていくという梶のキャラクター作りの背景にある。

 「コロナと、この作品をこじつけるつもりはありません。でも、コロナ禍でなければ、ここまでヒューミントにこだわった内容にはならなかったかもしれませんね。人間力を生かすのに不自由なコロナ禍の中だからこそ、自身の魅力を武器にヒューミント活動をする梶の活躍を楽しんでもらいたいと思います」

 ◆公安調査庁 破壊活動防止法や団体規制法に基づき、公共の安全の確保を図ることを任務とするため、1952年に設置された法務省の外局。オウム真理教に対する観察処分の実施や国際テロリズムを始めとする諸外国の動向など、国内外の諸情勢に関する情報の収集および分析に取り組む。全国8か所に調査局、14か所に事務所を持つ。

 ◆手嶋 龍一(てしま・りゅういち)1949年7月21日、北海道芦別町(現・芦別市)生まれ。71歳。慶大卒業後の74年にNHKに入局。87年にワシントン支局に赴任しホワイトハウス担当。自民党、外務省担当、ドイツ・ボン支局長を経て97年からワシントン支局長。2001年の米中枢同時テロでは11日間にわたり24時間の生放送を担当。05年にNHKを退局し独立。06年に初の小説「ウルトラ・ダラー」を出版。競馬にも造詣が深く、クラブ法人馬主「キャロットクラブ」の会長も務める。

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