【東日本大震災10年語り継ぐ】元AKB・岩田華怜 仙台で被災1週間後に最終審査挑戦 避難所訪問で「お帰り」横断幕に迎えられ「ふるさとの光になる」

故郷への思いを語る岩田
故郷への思いを語る岩田
AKB48入りした直後の2011年5月、神社で絵馬に願掛けする岩田華怜(本人提供)
AKB48入りした直後の2011年5月、神社で絵馬に願掛けする岩田華怜(本人提供)

 元AKB48で女優の岩田華怜(かれん、22)は宮城県仙台市出身で、小学卒業直前の12歳の時に被災した。「地元を元気にしたいという思いしかなかった」と、翌4月にAKB48の第12期研究生のオーディションに合格。チャリティーライブにも参加し、地元の人々からアイドル活動の背中を押された。「被災者の心の復興が一番大事」。10年たった今も復興に終わりはないという。(増田 寛)

 風邪で学校を休んでいた一人っ子の岩田は、両親が自宅を空けた時に被災した。「マンションの11階から、揺れてすぐにはだしで家を飛び出ました」。本震から1時間後に父が迎えにきたが、母とは会えないまま車中で一夜を明かした。翌日昼に母と合流すると、一家は高台にある祖父母の家に避難。山の中の家でガス、水、電気もなく「街が真っ暗で星が憎いくらいきれいでした」。段ボールを床に敷き、新聞紙にくるまり、氷点下10度の夜を耐えた。

 コンビニに向かうと、ガラスが全て割られ、物がなくなっていた。「本当に温厚な町なのに、命の危機に直面すると、こうも残酷になるのかと子供ながらに思いました。このまま日本が終わると思いました」

 震災前、興味本位でAKBのオーディションの予選会に参加したが、被災から1週間後に最終審査を控えていた。「被災当初はあきらめていましたが、運営側から審査に参加してほしいと言っていただいた。もしかしたらAKBが将来的につながって、故郷に元気を届けられるのではと思い、参加を決意しました」。母親と深夜バスを乗り継いで上京。4月に合格の知らせを受けると、そのまま東京での生活をスタートさせた。

 AKBの活動中は胸が締めつけられる思いもした。CD付属の投票券などで人気を競う選抜総選挙前には、ファンからSNSで「津波でCDショップが流されて、被災してお金もなくて、投票できない。ごめんね」というメッセージが届いた。「そんな言葉を言わせるためにアイドルはやってないのに…」

 後押ししてくれたのは、自分が元気づけようとしていた被災者たちだった。チャリティーライブで避難所を訪れると、「華怜ちゃんお帰り」と描かれた横断幕があった。「東北が一番大変な時に私は上京して。後ろ髪を引かれる思いでした。でも、あの『お帰り』で、絶対にふるさとの光になりたいと心に誓いました」

 あれから10年。自身は16年にAKBを卒業し、女優として新たな道を歩んでいる。仙台は活気を取り戻すも、都市部から車を30分も走らせれば、まだ災害の爪痕は生々しく残る。中でも一番大事と岩田が主張するのは心の復興だ。「当事者一人一人によって心の傷つき方が違う。復興に終わりはありません」。今日も東北へエールを送る。

 ◆岩田 華怜(いわた・かれん)1998年5月13日、仙台市生まれ。22歳。11年4月、AKB48の第12期研究生のオーディションに合格。12年に当時最年少でチーム4に所属し、同グループの26枚目シングル「真夏のSounds good!」で、初の選抜メンバー入り。16年にグループを卒業。18年に宮城県親善大使「みやぎ絆大使」を委嘱された。

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