「生きてくれ!!」宮城県山元町「もう一つの奇跡の一本松」町を記憶を伝え続ける

スポーツ報知
震災遺構として昨年9月に一般公開が始まった中浜小学校と移植されたクロマツ

 東日本大震災による津波を耐え、生き残った宮城県山元町の「奇跡の一本松」が、同町の震災遺構・旧中浜小学校の敷地内で、しっかりと根を生やそうとしている。近隣道路のかさ上げ工事に伴い、一時は伐採の危機もあったが、住民らの声を受けて保存が決まった。昨年9月からの同小の一般公開後、初めて迎える「3・11」を前に、震災当時、同小の養護教諭で現在は見学ガイドを務める宮部由美子さん(70)が思いを語った。(高柳 哲人)

 震災当日、海岸線から約400メートルの場所にある校舎が、高さ約12メートル、2階最上部までに及ぶ水に浸かる中、屋上の小屋で児童や近隣の住民ら約90人と眠れない一夜を過ごした宮部さん。その後、少しだけ落ち着きを取り戻した時に変わり果てた周辺の景色で見つけたのが、体育館の脇で津波を耐え忍んだ1本のクロマツだった。

 「隣にある高圧受変電設備が倒れてしまうほどの水勢の中で、しっかりと1本だけ残っていました。私たちがいた校舎の“守り神”だったような気持ちになりましたね」。町内には防潮林として10万本以上の松が植えられ、「町の木」もクロマツと定められている山元町。松林が生い茂る風景が当たり前のように目に入っていた震災前の風景が一変した中で、たたずんでいた一本松に、いとおしさと感謝の気持ちを持った。

 その後も、目にする度に「頑張って生きてるな」と自らに重ねていた一本松に、危機が訪れる。小学校の敷地に沿って走る県道のかさ上げが決定。2018年からの工事で松が生えている場所に道路が重なるため、伐採される計画が明らかになったのだ。

 「『それはありえない』と。この木は、学校の校舎と共に絶対に残さなければいけないと強く反対しました」。宮部さんだけでなく、「これだけの生命力あふれる一本松は保存すべき」との声が上がり、山元町の教育委員会が県と協議。その思いが通じ、学校の敷地内に移植することが決定した。

 移植が行われたのは昨年3月9日。宮部さんは震災当時に同小の校長だった井上剛さんと共に作業を見守った。「きちんと育つことができるか、不安はありましたが、『生きてくれ!』という気持ちを込めました」。その後、新型コロナウイルスのために遅れていた校舎の震災遺構としての一般公開も、同9月に始まった。

 現在、宮部さんは同小の見学ガイドを務める。「来場した方は皆、『何で、周りに何もないこんな場所に小学校が建っているの?』と聞きます。でも、もともとは集落や松林があり、それらの中で私も含めてこの学校に避難した人と一本松は助けられた。この記憶を、伝えられる限りはこの場所で、私が伝えていきたいと思います」

社会

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請