【ヒルマニア】59年OP戦高卒の王貞治は23戦で長嶋超え5発 巨人・秋広優人、オープン戦1軍帯同に期待 

スポーツ報知
1959年3月21日付本紙

 巨人のドラフト5位ルーキー・秋広優人内野手(18)=二松学舎大付高=のオープン戦1軍帯同が決まった。1959年王貞治一塁手以来となる巨人の高卒新人開幕戦スタメンの夢が膨らんできた。早実時代、エースだった王のキャンプ、オープン戦の足取りをヒルマニアが振り返る。

 1957年の選抜大会の優勝投手として高校球界のスターだった王。当時としても破格の契約金1800万円、背番号1と巨人の期待は大きかった。水原監督も「できたらオープン戦に投げさせて力を見極めたい」としていた。しかし、球威、制球力ともベテラン投手に比べると見劣り。中尾投手コーチが「投手としては大きな期待を望めない」と指揮官に報告した。

 その一方でバッティング練習では先輩に負けない飛距離が注目され「野手に転向するなら早いほうがいい」(中尾コーチ)との進言もあって2月22日に野手転向が言い渡された。

 本人は「投手として制球力を身につけてやっていこう」と思った矢先だったが、気分を入れ替えた。その日は紅白戦が行われ、何と試合前のホームラン競争にも駆り出され右翼席に1本叩き込み、早速座った紅組の「7番・右翼」で4打数2安打2打点してオープン戦の1軍帯同が決まった。

 明石での第2次キャンプで本格的に打撃練習をこなし、川上ヘッドコーチから「足腰のしっかりしているのと体の柔らかいのがいい」とお墨付きをもらうと、2月28日、近鉄とのオープン戦初戦に「8番・右翼」で先発出場し、3打数2安打3打点。3月11日阪急戦では前年の最高勝率投手・秋本から右中間に初アーチを放った。

 勢いは止まらず本拠地・後楽園に初見参となった3月20日の南海戦ではサヨナラアーチ。この時期、川上引退後の一塁に回っていた与那嶺が外野手復帰を進言したことで、高校時代にやったことのない一塁にコンバートされた。当初は心もとないミットさばきだったが、徐々に解消。結局、オープン戦24試合中欠場は1試合だけで22試合に先発出場(他に代打で1試合)し、主砲の長嶋の4本を上回る5本塁打含む76打数18安打の打率2割3分7厘。一発の魅力も買われ開幕戦に「7番・一塁」で起用された。

 なお、ドラフト制度以降の左右の高卒スラッガー、西武・清原和博は41打数9安打、巨人・松井秀喜は53打数5安打と、そろってプロ入り1年目のオープン戦で本塁打を打てず、開幕戦スタメンは逃している。(蛭間 豊章=ベースボール・アナリスト)

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