震災10年後の東北研修会 棋士たち8人の思い

東北研修会幹事の(前列左から)阿部健治郎七段、佐藤秀司八段、中川大輔八段、熊坂学五段。(後列左から)島朗九段、鈴木桂一郎指導棋士三段、佐藤康光九段、加藤結李愛女流初段、森下卓九段
東北研修会幹事の(前列左から)阿部健治郎七段、佐藤秀司八段、中川大輔八段、熊坂学五段。(後列左から)島朗九段、鈴木桂一郎指導棋士三段、佐藤康光九段、加藤結李愛女流初段、森下卓九段

 4月11日に新設される日本将棋連盟「東北研修会」のプレイベントが28日、仙台市内で催され、将来の棋士を志す子供たち34人が集まった。東日本大震災の発生から被災地支援を続けてきた連盟にとっては、10年の節目での悲願成就。東北研修会を支える棋士たちに思いを聞いた。(北野 新太)

  • 東北研修会幹事たちが一文字ずつ書いた文字。上から中川大輔八段、佐藤秀司八段、阿部健治郎七段、熊坂学五段、加藤結李愛女流初段
  • 東北研修会幹事たちが一文字ずつ書いた文字。上から中川大輔八段、佐藤秀司八段、阿部健治郎七段、熊坂学五段、加藤結李愛女流初段

 ◆日本将棋連盟東北統括本部長・島朗九段(58)

 「長年の夢が叶いました。こんな日を迎えられるなんて感慨無量です。東北は自分の好きな地域なので、震災10年でコロナ禍の今だからこそやりたかったんです。自分はきっかけを作ったに過ぎませんけど…。東北出身の棋士の皆さんが動いて下さいました。

 10年、いろんなことがありました。私は棋士があまり行かないところに行くのが好きなので沿岸部を中心にずいぶんと回ってきました。先日、2月13日の地震の時も福島市にいたんですよ。10年前を思い出しました。

 震災から2日後、仙台に住んでいた私のところに羽生(善治九段)さんから届いた見舞い状には『私にできることがあれば何でも言って下さい』とありました。(阪神大震災を経験した)谷川(浩司九段)さんからは『頑張りすぎないでください、とみなさんにお伝え下さい』と言っていただいた。これが全てだと思います。勇気を与えよう、共鳴してもらおう、なんていうことは思ってきませんでした。できることを何かして、何かを感じてもらえれば、というだけでした。

 私には岩手、宮城、福島に弟子がいます。研修会は自分の責務だと思ってきました。遅くなっちゃいましたけど、10年後にようやく間に合いました、という感じです。老後の楽しみができましたよ」

 ◆日本将棋連盟会長・佐藤康光九段(52)

 「東北の子供たちにとって、拠点ができたこと、真剣勝負の場ができたことは非常に大きいことだと思います。近くにそのような場所がないと子供の関心は薄れてしまったりするものなので。東日本大震災から10年。当時は棋士会会長になったばかりでした。復興応援イベントで被災地にも伺いましたが、励ましに伺ったつもりが逆に励まされたりすることもあって、東北の皆さんには、前に向かって進む強い力を感じました。10年前、藤井聡太二冠は東海研修会に所属していた頃です。東北のみなさんにも彼のように可能性を広げていってほしいです」

 ◆日本将棋連盟常務理事・森下卓九段(54)

 「昨年の9月頃でしたか、島先生から『東北に研修会をつくりたい』というお話をいただいて、早くとも2022年の4月かな…と思いましたが『いや、震災10年の21年4月に』という強い意志を示されました。半年間、島先生が縦横無尽に動いて下さって実現できたことです。感謝しかありません」

 ◆幹事を務める仙台市出身・中川大輔八段(52)

 「子供たちを見て、自分が彼らくらいだった頃のことを思い出しました。まだ級位者で、ただただ将棋が大好きで、棋士になりたいと思っていた頃です。当時の仙台に研修会があったら絶対に自分も入会していましたよ。正直に言って、東京、関東の子たちが羨ましかった。ライバルがいて、強い人たちに揉まれることで強くなれる環境があったので。

 たしかに藤井二冠は大天才ですけど、東海研修会で学んで花を咲かせたことは間違いありません。東北にもたくさんの芽があるので、大切に育てていきたい…と言いつつ、東京大阪はレベルが高いですから追いつくためにビシビシいきますよ(笑)。彼らにとっても、プロに月に2度教われることは大きいことだと思います。

 10年間、復興支援活動を続ける中、傷跡は至るところにありました。もう昔の風景と同じではなくなってしまった場所もたくさんあります。そのような場所で将棋を好きになった子がプロになりたいと願い、研修会に来てくれることをしっかりと受け入れて、思いを後押ししていきたいと思います」

 ◆幹事を務める宮城県大崎市出身の佐藤秀司八段(53)

 「地元で普及活動をしたいとずっと思ってきましたけど、今回、思い掛けず始められて望外です。ありがたいです。私は田んぼと畑しかないところで生まれ育って、将棋を指せる人を探すことだけで大変でした。恵まれた時代になったなあ、と思います。

 研修会に入会する子の多くはプロを目指す子だと思いますけど、何が何でもプロという子ばかりでなくてもいいんです。礼儀作法を学び、研鑽することで身に付くものは必ずありますし、学業にもプラスになると思います。就職活動の時、履歴書に『将棋初段』と書いてあるのを会社側が見て『この人は集中力や忍耐力がある子なんだな』とプラスになるような時代が来てくれることも目標なんです」

 ◆幹事を務める仙台市出身・在住の熊坂学五段(43)

 「昔から東北の子には地方のハンデがあったと思います。棋士を目指す子は、どうしても東京に行かなくてはいけないような流れもありました。私自身、大会の度に東京に出掛けて東京の子を追い掛けてきました。だからこそ、東北研修会という違う道が生まれたことは非常に大きいです。違う道に希望が見え、光が当たることは。

 私は高校卒業後に上京して、震災が起きる半年前に帰郷しました。もう10年も経ったか…と思いますが、復興の道はまだまだ半ばという気も致します。若い子たちは未来に向かってほしいです。そのような意味においても。研修会設立は大きな一歩になりますね」

 ◆幹事を務める山形県酒田市出身の阿部健治郎七段(32)

 「島先生の最大の尽力で研修会が発足することになり、大変嬉しいです。東北では子供たちが集まって一緒にプロを目指したり、同じ志を持って切磋琢磨する公式の場所がなかったので大きな一歩ですよね。私も小さい頃にあったら絶対に入っていたので羨ましいですよ。当時は情報も全くなく、奨励会や研修会の存在すら知らなかったですから…。機会の平等が実現することで、多様性は生まれます。

 私は小学生の頃から片道3時間の高速バスで仙台の道場に通いましたけど、将棋を指せることがただただ楽しみで全く苦にならなかったです。そういう子はまだまだいると思うので、日本海側の県からも参加してほしいです。

 東海研修会から藤井二冠というスターが生まれたので、東北研修会からも将棋界を盛り上げたいですね」

 ◆指導担当を務める仙台市出身・在住の加藤結李愛女流初段(18)

 「先生方のご尽力で始まる東北研修会に携われることをすごく嬉しく思っています。このような環境で将棋を指せる素晴らしい場所が東北にできることを本当に有難いことだと思っています。

 10年が経過する震災当時、私は8歳でした。早いですね…。東北の傷が消えることはないですけど、みんな少しずつ変わっていっていると思います」

東北研修会幹事の(前列左から)阿部健治郎七段、佐藤秀司八段、中川大輔八段、熊坂学五段。(後列左から)島朗九段、鈴木桂一郎指導棋士三段、佐藤康光九段、加藤結李愛女流初段、森下卓九段
東北研修会幹事たちが一文字ずつ書いた文字。上から中川大輔八段、佐藤秀司八段、阿部健治郎七段、熊坂学五段、加藤結李愛女流初段
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