北澤豪と100万人の仲間たち<5>「子どもたちへ贈るサッカーボールとともにカンボジアへ」

スポーツ報知
カンボジアの小学校で裸足の子どもたちにボールの蹴り方を教える北澤=本人提供=

 元サッカー日本代表、北澤豪氏(52)は波瀾万丈の競技人生を疾走し、現在は世界の子どもたちを支援する環境づくりを目指している。その軌跡とビジョンを、ノンフィクション作家の平山讓氏が独占取材。毎月10日と25日に公開し、長期連載する。

 日本サッカー協会から受けた、カンボジアの子どもたちへボールを届けるという使命。見知らぬ東南アジアの国への渡航依頼に、現役選手だった北澤豪は困惑した。Jリーガーにとってのオフは貴重で、天皇杯終了からキャンプインまで1か月ほどしかない。しかも2000年オフの彼は、右膝前十字靭帯手術からのリハビリの最中だった。

 「もちろん断ることもできました。現役選手として日程的にはもちろんのこと、肉体的にも精神的にも落ち込んでいたときだし、海外へ渡航している余裕なんて、いまの自分にはないだろう、むしろ断って当然だよなと」

 けれども彼は、断りはしなかった。その理由は、自身でも説明できるものではないという。

 「なぜなんだろう……。わからないんです。わからないんですけど、行きます、と答えたんですよね。サッカーができずにいる僕が、サッカーを嫌いになりそうになっている。そんな僕に、サッカーが大好きだという子どもたちのところへ行けと。ただ漠然と、会いにいってみようかな…。そう思って」

 カンボジアの子どもたちに必要なもの。それは、サッカーボールだという。

 2001年1月、新世紀が始まったばかりで賑わう都内のサッカーショップへ、北澤豪はまだ痛む右膝を庇(かば)うようにゆっくりと歩きつつ向かった。そこで10個のサッカーボールを買い求めると、他にも日本の子どもたちから預かったいくつかの古びたボールとともに自宅でスーツケースに詰めこんだ。

 1953年に日本とカンボジアは国交を結んではいた。だがポル・ポト政権以後の1975年から1992年まで、在カンボジア日本国大使館は閉鎖されたままだった。観光へ訪れる日本人などほとんどおらず、首都プノンペンへの日本からの直行便もない、そんな時代だった。

 タイのバンコク経由で10時間以上もかかる近くて遠い国へ向かう飛行機に、彼は乗りこんだ。真新しい10個のサッカーボールとともに。

 カンボジアは蒸し暑かった。成田から出国の際にはダウンジャケットを羽織っていたが、到着したポチェントン国際空港(現プノンペン国際空港)は1月だというのに気温は30度、湿度は70パーセントを超えていた。

 Tシャツ姿でタラップを下りてみると、これまで利用したどの空港とも雰囲気がまるで異なった。海外渡航は慣れており、ヨーロッパやアメリカといった先進国ばかりでなく、「ドーハの悲劇」の1993年のカタール、「ジョホールバルの歓喜」の1997年のマレーシアを始め、アジア、アフリカの発展途上国へもたびたび遠征してきた。だがカンボジアに新設されて間もないという空港で預けたスーツケースを待っていると、ベルトコンベア式のターンテーブルではなく、係員が一つずつ手で転がして運んできた。

 「初めてでした、スーツケースが人力でゴロゴロ転がされて出てくる国際空港なんて。それに国際空港とは名ばかりで、建物は掘っ立て小屋同然だし、空港に降りたった時点で、とんでもないところへ来てしまったなと」

 聞けば、国際空港という玄関口の成り立ちがこの国の混迷ぶりを如実に物語っていた。1920年代にフランス軍のために整備され、1970年代にはベトナム戦争へ向かうアメリカ軍の供給地点となった。1990年代前半まではポル・ポト暗黒時代の影響で近代化が遅れ、ようやく1995年にフランスとマレーシアの民間合弁会社が復旧に着手した。北澤が降りたった2001年の時点では、大型旅客機がようやく就航できるようになったばかりだった。

 ポチェントン空港を出て東へ、マイクロバスの窓から街の風景を何げなく眺めてみると、彼は3つのことに気付いた。

 「まず、この街は色がないなと。どこを見てもまるで白黒テレビのようで、建ち並んでいるバラック小屋にしても、人々が着ている服にしても、カラフルさがないんです。それと、その人たちに表情がない。外国人が珍しいのか、こっちを見ている人の目がみんな怪訝(けげん)そうで。しかも、なぜか歩いているのが子どもや若い人ばかりで、なかなか大人を見かけなくて。なんだか不思議な街に来てしまったなと感じましたね」

 色や表情がなく、しかも若者ばかりの国、カンボジア。やがてある場所へ到着した彼は、その理由を知ることになる。(敬称略)=続く=

 〇…北澤氏の公式ユーチューブチャンネル「北澤豪のKEYCHANNEL」では、今シーズンのJ1戦力分析を配信中。Jリーグ展望に続き、今回は各チームの長所や弱点を分かりやすく解説し、意外なエピソードなども交えながら誰でも楽しめる内容となっている。

 ◆平山讓(ひらやま・ゆずる) 1968年、東京生まれ。作家。ノンフィクションや実話を基にした物語を数多く手がける。主な著書は「ありがとう」(講談社/東映系にて全国ロードショー)、「ファイブ」(幻冬舎/NHKにてドラマ化)、「4アウト」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)、「中田翔 逃げない心 プロ野球選手という仕事」(主婦と生活社)など多数。

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