ミル・マスカラス初来日50周年、アントニオ猪木と同学年の78歳健在…金曜8時のプロレスコラム

スポーツ報知
日本を愛し富士山の日の出をデザインしたマスクをかぶるミル・マスカラス

 ちょうど50年前のきょう1971年2月19日に、“千の顔を持つ男”ミル・マスカラス(78)が、来日第1戦を行った。当時は日本テレビが「プロレス中継」を金曜夜8時枠で生中継していた。当日の報知新聞を資料室でひもといてみると、ラテ(ラジオ・テレビ)欄に「星野対マスカラス」の文字があった。翌20日付7面には、結果が掲載されていた。

 東京・後楽園ホールで行われた日本プロレス「ダイナミック・ビッグ・シリーズ」(観衆2600人)。マスカラスは星野勘太郎とのシングルマッチで「13分35秒、体固め」という成績を残している。翌週の26日には後楽園ホールでのグレート小鹿戦が生中継された。2週ともダイビング・ボディーアタックでの華麗な勝利。

 この初来日シリーズのクライマックスとなった3月2日の蔵前国技館大会(5日に録画中継)では、スパイロス・アリオンと組んで、ジャイアント馬場とアントニオ猪木のBI砲が持つインターナショナルタッグ選手権に挑んでいる。

 1本目はマスカラスがフライング・クロスチョップからのボディープレスで猪木をから先取(16分25秒、体固め)したが、2本目は馬場がアトミック・ボムズアウェーでアリオンをフォール(5分49秒、片エビ固め)、3本目は猪木の卍固めでマスカラスがギブアップ(3分25秒)。1-2で王座奪取はならなかったが、しっかり紙面に刻まれていた。

 マスカラスはこの3日後の3月6日に群馬県スポーツセンターで猪木と唯一のシングルマッチを戦い、〇ボディープレス、●コブラツイスト、●リングアウトの1-2で敗れている。今月20日に猪木も78歳になるから、同学年で、お互いに健在。コロナ明けの再会を望みたい。

 マスカラスはこの年の8月にも日本プロレス「サマー・ミステリー・シリーズ」に再来日。日本プロレス崩壊後の73年から全日本プロレスに参戦し、「サマー・アクション・シリーズ」など夏に来日するのが定番だった。77年8月25日の田園コロシアムでのジャンボ鶴田とのUN選手権はプロレス大賞の年間最高試合(ベストバウト)に選ばれた。その後もW★ING、WAR、みちのくプロレス、大日本プロレス、大阪プロレス、ハッスル、ドラディションなどに来日した。日本でリングが用意されれば現役選手になってきた。

 最後の来日となったのは2019年2月19日の「ジャイアント馬場没20年追善興行~王者の魂~」(両国国技館、観衆8800人)。セミファイナルでドスカラスと組んでNOSAWA論外(44)、カズハヤシ組と対戦し、トップロープからのダイビングボディプレスでNOSAWAに勝利している(11分06秒、体固め)。この日が来日48周年記念日だったことに、この時、誰も気づいていなかった。

 マスカラスはNOSAWAと親交が深く、近年はNOSAWAとの手合わせが欠かせない。そのNOSAWAは、現在、プロレスリング・ノアに定期参戦中。ノアは武藤敬司(58)がGHCヘビー級王座を奪取し、電撃入団したばかり。勢いに乗っているノアがマスカラス再来日のカギを握っているのだとしたら面白い。(酒井 隆之)

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