新十両・貴健斗、初土俵から7年…「80センチの太もも」は積み重ねの証し

スポーツ報知
新十両に昇進した貴健斗。太もも周りは優に80センチを超えるという

 大相撲の貴健斗(24)=常盤山部屋=が、2014年初場所の初土俵から7年をかけて新十両に昇進した。幕下昇進は同年の九州場所。ようやくつかんだ関取の座だった。真面目で優しく、はにかむ笑顔が印象的な力士。大相撲担当になった2018年九州場所で初めて接したが、当時からその人柄は変わらない。

 思い出す場面がある。18年11月、福岡・糟屋郡篠栗町。当時の千賀ノ浦部屋が九州場所で使用していた稽古場は、宿舎からほど近い広い空き地にあった。土俵は土を盛って作られた、簡易的なもの。土俵外は整備されているわけでもなく、雑草が茂っていた。

 本場所中の朝稽古取材をしていたある日。ふと土俵周辺を見渡すと、草が踏みつぶされ、土がむき出しになった「線」が2本、5m程にのびていた。「なんだこれは」と思っていると、当時幕下36枚目の貴健斗が、その線の上ですり足を始めた。何往復も、淡々と。一歩一歩の感触を確かめるように、汗を流していた。「あぁ、ここで毎日やってるんだ」。その時はじめて、貴健斗の屈強な下半身に目がとまった。

 パンパンに張った太もも。先月27日の新十両会見の際には、「2~3年前は80センチくらい。今はもうちょっと大きくなっているかも」と明かしていた。80センチ…。想像もつかず、ひとまず会見後に自分の太ももを測ってみた。55センチ。ちなみに自分のウエストが、貴健斗のももと同じ太さだった。驚いた。

 かつて「(太くなった要因は)四股じゃないですか。そんなに太いとも思ってないですけど」と笑っていたが、そのドッシリとした足腰は稽古のたまものだろう。鳥取城北高から旧貴乃花部屋に入門。「入って1、2年目、その時が一番鍛えられた」という。当時は朝の5時半頃から四股を踏み、「相撲を取って、またぶつかりとかやっていたのできつかった」。それでも「基礎をしっかりやって、体ができたので」と実感を込める。

 幕下生活は、約5年間。「精神面が未熟だった」と、会見では明かしていた。転機は2年ほど前。「大関(貴景勝)から声をかけてもらって。『2年と決めてやらないと、(関取に)上がれなくなるぞ』と。それで覚悟が決まって、調子がよくなってきました」。昨年は5場所全てで勝ち越し。関取昇進をかけた初場所でも「思い切り自分の相撲を取ろうと、一番一番心がけていた」と、平常心で白星を重ねた。

 新型コロナ禍で取材制限がかかる前は、私も日々、部屋の稽古場に通っていた。その時、貴景勝に胸を借りてのぶつかり稽古で、貴健斗が何度も転がされる姿を見た。泥まみれになりながら、大関からは「怒ってこい!!」とゲキ。歯を食いしばり踏ん張る姿には、思わず力が入った。

 1年半前の取材では「(関取は)すごいというイメージしかない。自分が上がって、そんな強い人たちに勝てるのかな…」と明かしていた貴健斗。確かにその時は、部屋の関取衆と相撲を取る稽古を行っていても、まさに大人と子どものようだった。十両に昇進した今、関取衆とどのような申し合い稽古を重ねているのか。コロナ禍が明けた時…。楽しみな気持ちを胸に、稽古場に足を運びたい。(大谷 翔太)

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