「惑いを知る不惑」 A級昇級・山崎隆之八段ロングインタビュー<2>

スポーツ報知
4日、久保利明九段戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)

 山崎隆之八段は今月14日、40歳になる。どんな人にとっても大きな節目となることに変わりはないが、頭脳と肉体を駆使して勝負を戦う棋士にとって、指標として持つ意味の重さは計り知れない。もちろん経験値といったプラスよりも、能力の低下というマイナスの要素として捉えられることが多い。40歳になって初めてA級で戦うことになる棋士は、極めて異例の存在になる。

 「不惑の年と言われますけど、もちろん記憶力とかは衰えていくものなので惑いますよね(笑)。どう向き合えばいいか、ということで言うなら、まず単純に強くなれるかどうかということが分からないです。

 下から次々と優秀な人が上がってくるわけですから、何かを変えずに同じことを繰り返しても厳しくなるのは分かり切っている世界です。でも、自分自身はまだギリギリのところにはいるので、相当な自信がない限りは自分を変えることは難しい。変えることは自分の戦い方を一旦は捨てることなので、短期的に見ると確実に成績は悪くなってしまう。坂道を転げ落ちてしまうことにつながるんです。例えば、振り飛車を指すことにも興味はありますけど、現状ではなかなかできないです。大きく負け越したりしない限りは。

 長期的に見れば、変えることに挑まなくてはいけないことも分かってるんですけど、自分の年齢を考えた時、落ちた後でもう一度這い上がれるかというと、自信が持てない部分はあります。もちろん自分が今までやってきたことを続けて勝てるのがいちばんいいですけど、勝てなくなれば変えなきゃいけないんでしょう。勝てなくても変えなくていい、というのは単に驕っているだけなので。

 変える時の支えになるのは積み重ねです。強くなるための道筋を描いて10代の頃から積み重ねてきた人なら変えられるかもしれない。でも、僕はビジョンも何もなく感覚的な部分で何とかなってきたところがあって、なんとなくやって、なんとなくまあまあの成績を上げてきた。積み重ねて限界まで追い込んで今の自分がいるわけじゃない、という人間の土台は脆弱です。だから、転げ落ちた時に這い上がる自信は持てないです。自分は努力した以上の何かが返ってきた存在に過ぎなくて、危ない場所に立っているんだな、という思いは30代の途中からずっとありました。

 タイムリミットは迫っていて、本当に上を目指さない限りはただ落ちていくだけだということは分かっていても、自分には変えて挑んでいくことはできないな、という思いがありました。何があろうと変えていかなきゃいけなかったのかもしれませんけど、行動に移せない自分もいて、きっかけを待っていました。探し出すのではなく待つ、という後ろ向きなきっかけは順位戦で落ちることだったのかもしれません。

 前期は3勝9敗で、落ちる成績でした。中盤で簡単に競り負ける将棋が多くて、B1で戦うには自分の力は足りていない感覚がありました。最終戦で負けた時、記者の方が来られたので『落ちたんですよね…?』と聞いたら『いや、残られました』って…。だから今期は運良くやらせていただいている、ということだけです。降級枠は3人に増えましたし、5勝7敗でも落ちてしまう場合がある。倍も勝たなきゃいけないということは自分には相当厳しい条件だと思っていたんです。

 今期は一局目から、負けたら落ちるという気持ちしかありませんでした。負けたらやばいってずっと思っていて、最初に3連勝くらいしても、ひとつ負けたら一気に落ちていくだろうなという感覚があって。だから、前向きなのか後ろ向きなのかは分からないですけど、落ちるなら戦って落ちたいと考えるようになったんですね。去年みたいに、戦いにすらなっていない中で落ちるんじゃなくて、戦って、敗れ去って落ちたいとだけ考えました。

 4年前、最終戦で阿久津(主税八段)さんと自力昇級の一番を戦ったんですけど、全く指し手が伸びなくて、弱気になって手が縮こまっていた。自分の本当の実力が出るのってそんな時なんですよね。自分の将棋って、実は気持ちの弱い将棋なんだなって感じたことを、どこかで払拭しなきゃいけないとずっと考えていました」

 山崎には順序立てて質問を重ねる必要がなかった。思考を整理整頓する稼業である棋士の取材は自然に進んでいくケースが多いが、山崎は流れに沿って取材側の意図を汲み取りながら語る能力に長けていた。常に自分の現在地を見極め、客観視しているから自然と言語化できるのだろう。

 「惑いますよ」と惑わずに語る姿は、これも確かな「不惑」の在り方なのかもしれない、と思えた。(北野 新太)=続く=

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