「己に殉じるために」 A級昇級・山崎隆之八段ロングインタビュー<1>

スポーツ報知
A級昇級を決めた山崎隆之八段

 将棋の山崎隆之八段の順位戦A級昇級が4日、正確には5日未明に決まった。27歳で初参加した「鬼の棲み家」ことB級1組で13年間も戦い続け、40歳を目前にしての悲願成就に多くのファンが喝采を送っている。祝福の声の背景にあるものは、長い歳月をかけて目標に到達したことへの賛辞ばかりではない。先鋭化した現代将棋の盤上において自らが信じた圧倒的な独創性を貫き、なおも最高峰へと辿り着いたことに対する敬意である。1月下旬、大勝負を目前に控えていた山崎にインタビューをした。(北野 新太)

 ずっと前から山崎隆之に尋ねたいことがあった。

 まだ棋士になる前の時代、兄弟子の故・村山聖九段と「自由」について語り合ったことがある、と何かで読んだ。どんな結論に至ったのか、と聞いてみたかった。

 「あの時はまだ15才くらいで、中学を卒業したばかりの頃でした。自由とは何か、ということを十代の頃、ずっと考えていたんです。自由というものは存在する。でも、人間が自由に生きていくのは厳しすぎる。完全な自由の中で生きることなどできないのか、どうなのか、なんていうことを考えていたんですね」

 同じ森信雄七段門下。故郷・広島の先輩でもある村山九段は、幼い頃から腎臓の難病「ネフローゼ」を抱えながら、名人になることだけを一途に夢見て生きた棋士である。29歳の時、A級在位のままに早世した。

 1998年4月、1学年下の羽生善治と共に時代の頂点を極めるはずだった人が亡くなる4か月前、志を継承するように17才の四段として船出したのが山崎だった。

 「村山先生は『自由なんてない』と言っておられました。本当の意味で自由に生きられる人間なんているわけがないって。村山先生にとっては、自由こそが自分自身の切実な問題であることも当時の僕には分かっていなかったんです。でも僕は、自由に生きていく厳しさを度外視すれば、生きる上での自由というもの自体は存在していると考えていました。

 僕は夢を見ていたんですね。当時はまだ純粋で、率直な感性があって。でも、言葉が出てこなかった。だから村山先生にもうまく言えなかった。思ったことが頭の中には流れるんですけど、口に出して表現することが出来なかったんです。そんな頃でしたけど、今より感性は鋭かったと思います。当時、肌で感じる何か、というものがいつもあった気がします。なぜ、自由ということについて考えていたのだろうと、今ではよく分からないですけど」

 単純に、聞いてみたかったことがもうひとつある。

 遠藤周作の「深い河(ディープリバー)」を愛読書に挙げていたこと。生きる意味を探し求めてインド・ガンジス河に向かう日本人たちを描いた作品で、遠藤の晩年の代表作としても知られる。大盤解説会で小粋なジョークを放ったり、NHK「将棋フォーカス」の司会としてテレビの前で微笑んでいた山崎とはあまりにもイメージが遠かった。

 「もともとたくさん本を読むような人間ではないんですよ。時代小説は好きで読んでいましたけど…。『深い河』への思いというか記憶は…正解がないこと、なのかもしれません。こちらにはこちらの理由がある、あちらにはあちらの理由がある、という結論のない世界観が心に響いたんだと思います」

 自由は存在するということ。

 正解がないこと。

 ふたつの答えを並べると、まるで山崎が志向する将棋の本質を表している言葉のようにも思える。

 1月14日。第79期順位戦B級1組で山崎が松尾歩八段と戦った将棋は激闘になった。共に30代の全てを「鬼の棲み家」に棲みながら生きた二人は、午前10時から翌日午前1時18分まで戦い続けた。

 終局に向かって収束するのではなく、盤上の宇宙が拡大していくような将棋だった。ある思いを抱えた勝負師と、ある思いを抱えた勝負師が勝つために死力を尽くしていた。

 「僕が考える理想の将棋というものに決まった形はなくて、昔のように最初から決まり事がなく、お互いに早々と局面が分からなくなり、手探りの状態になっていく将棋に楽しみを覚えるんですよね。指すのは大変ですけど。松尾さんとの将棋は疑問手も迷った手もありましたけど、ずっと気持ちを切らすことなく戦い続けられた。松尾さんにとっては勝てば残留が決まる一局。こちらは負ければ昇級が厳しくなる一局。お互いに懸けていたものがぶつかったんです。人間らしく、強気になったり、弱気になったり、勝ち急いだり、失敗したり。お互いに少しずつあったんです。でも、気持ちは動じなかった。最後まで、お互いに『勝ちたい』という気持ちだけでした。

 盤上に弱さが現れない将棋こそが美しい将棋だと言われます。僕自身もそんな将棋を指してみたい気持ちもあるんですけど、勝つことへの執念を持つこと、最後まで諦めないこと、望みを捨てないで戦うことが大切だと思っているし、指していて楽しいなと思える将棋なんです。そのようなものが松尾戦の盤上には確かにありました。

 秒読みになれば、本来なら盤上没我して指し手のことだけを考えた方がいいはずですけど、あの時は…負けるかもしれない、やばいぞ、何とかならないか、と揺れ動きながら必死にしがみついていました。最後は、負けるのなら自分が弱かっただけなんだ、と思えるところまで行けたんです。ならば負けたとしても後悔はないと」

 棋士人生にとって大きな一局を戦い、間違えた瞬間に敗れてしまう一分将棋がずっと続く時間に生まれる感情とは、どんなものなのだろうか。恐怖なのか、あるいは生きていることの確かな実感を抱くこともあるのだろうか。

 「秒読みの中で選択を迫られる緊張感は、人間としての覚悟を決めさせられる感覚です。もう逆側に道はないんだって。普段、日常を生きる中で覚悟を持って確固たる気持ちになることなんて、まずないですよね。あの将棋は最初からそんな感じで、序盤で苦しくして、でも我慢して、歯を食いしばって頑張って、開き直って、辛抱が実って逆転して、勝ちになったと思ったら差は縮まって、最後は、負けないということを徹底せずに勝ちに行った。でも、仮に負けたとしても、自分の将棋に殉じることさえできればいいと思っていました。仮に失敗に殉じることになったとしても。

 例えば、羽生さんが『正しい』と言った手があるとします。藤井さんが『正しい』と言った手があるとします。でも、自分が『正しくない』と思ったのなら違う判断を出来るかどうか、ということが棋士としての自分にはとても必要なことなんです。あの将棋では自分の指し手に殉じることができた。殉じることが自分にとっては、とても大切なことなんです」

 殉じる―。命を捧げるということ。

 「棋士」とは「将棋を指す侍」を意味する言葉である。=続く=

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