大仁田厚がジャイアント馬場さんリングで2代目タイガーマスクと謎試合…金曜8時のプロレスコラム

ジャイアント馬場23回忌追善興行の8人タッグマッチで初遭遇した大仁田厚と2代目タイガーマスク(カメラ・佐々木 清勝)
ジャイアント馬場23回忌追善興行の8人タッグマッチで初遭遇した大仁田厚と2代目タイガーマスク(カメラ・佐々木 清勝)

 1999年1月31日に亡くなった元NWA世界ヘビー級王者のジャイアント馬場さん(享年61歳)を偲ぶ「ジャイアント馬場23回忌追善興行」が4日、東京・後楽園ホールで行われた。第3試合で「ジャイアント馬場23回忌追善特別試合」と題し、場内スクリーンに1982年2月4日に東京体育館で行われた馬場さんとスタン・ハンセンの伝説の名勝負のVTRが流されたが、この映像の中の馬場さんの前座試合を務めたのが愛弟子の大仁田厚(63)だった。

 第2試合の8人タッグマッチで大仁田は、グレート小鹿(78)、渕正信(67)、越中詩郎(62)と組んで、嵐(59)、菊地毅(56)、大森隆男(51)、2代目タイガーマスク組と対戦した。2019年2月19日に東京・両国国技館で開催された「ジャイアント馬場没20年追善興行~王者の魂~」「アブドーラ・ザ・ブッチャー引退記念~さらば呪術師~」でもお得意の8人タッグで、場外乱闘、机上パイルドライバー、赤い毒霧と大暴れした大仁田だが、この試合は邪道を封印し、脇役に徹した。

 今回登場した2代目タイガーマスクは、もちろん三沢光晴さん(故人)ではない。かつて梶原一騎追悼10周年記念「格闘技の祭典SPECIAL」(1997年10月12日・両国国技館)で三沢さんの代役の「2代目の2代目」が登場したことはあったが、誰とは言わないが今回はそれとは別人の「2代目の3代目」。それでも大仁田とタイガーマスクが馬場さんのリングで対決するという1982年の夢が実現した。

 試合前、バックステージで「あの頃、馬場さんに、『おい大仁田、タイガーマスクのようになれ』と言われたよ。『はい』って言ったけど、あっちはマスクマンじゃないか。なれるわけないよ。タイガーマスクは宙を舞って、大仁田厚は地を這っていたよ」と笑った。それでも大仁田はWWF(現WWE)とNWAのジュニア二冠王だった新日本プロレスの初代タイガーマスク(佐山サトル)の向こうを張って、82年にNWAインタージュニア王者に君臨し、全日本プロレスのジュニアヘビー級を本格化させた。

 NWAジュニア王座の本家と元祖の論争も起こり、夢の統一戦という話題もなかったわけではなく、梶原一騎「プロレススーパースター列伝」のタイガーマスク編の終盤に大仁田が登場している。

 2012年6月20日にリアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で大仁田と初代タイガーマスクは54歳同士で初の一騎打ちを行っているが、遅すぎたエキストララウンドだった。

 握手で試合をスタートさせた大仁田は2代目タイガーマスクのドロップキックを胸を出して受け、ロープ際でパンチするように見せてクリーンブレークで拍手を浴びた。場外での攻防もあったがフェンス内にとどまった。最後は渕が菊地を首固めで丸め込んで勝利した。「タイガーマスク? あんまり、からむつもりはなかったよ。今日は馬場さんにあいさつに来ただけだから」と渋くまとめた。大仁田と同じく馬場さんに息子のようにかわいがられたのが、三沢光晴さんだった。三沢さんの二代目タイガーは大仁田の後の全日本プロレスのジュニア王者だった。コロナ禍の追悼リングで見せた大仁田の謎試合は長男としての余裕の気まぐれだったか。(酒井 隆之)

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