重量挙げ・三宅義行氏提言、堕ちたバーベル 持ち直すためにできること

スポーツ報知
三宅義行会長

 重量挙げは、度重なるドーピング違反と国際連盟(IWF)の前会長の汚職が問題視され、昨年12月の国際オリンピック委員会(IOC)理事会で、24年パリ五輪では実施階級と出場枠を大幅に減らすことが決まった。IWF理事も務める日本協会の三宅義行会長(75)が、このほどスポーツ報知の取材に応じ、根深いドーピング問題と改善の展望を提言。1896年の第1回アテネ五輪から続く競技の歴史を次世代へつなげる決意を込めた。(取材・構成=細野 友司)

 ドーピングや汚職を問題視したIOCは、昨年12月の理事会で重量挙げに厳しいメッセージを突きつけた。取り沙汰された五輪除外は免れたが、24年パリ五輪は出場枠を大幅減。21年東京五輪の出場枠から男女合計76人を減らし、各5階級120人とした。今後の動向次第で再び除外危機に直面する可能性も含んでいる。

 「階級と人数が発表されたことで、何とかパリ五輪につながったと思いますけど、各国がクリーンな気持ちで五輪競技としての継続へ努力を続けることが必要。日本も五輪のホスト国として発信をしなければいけないと思っています」

 重量挙げにおけるドーピング問題は根深い。08年北京、12年ロンドン両五輪のメダリストだけでも30例を超える違反が発覚し、メダルが剥奪(はくだつ)された。試合直後の検査では陰性でも、数年後の再検査で露見するケースも多かった。なぜ、後を絶たないのか―。

 「やはりパワー競技だから、薬の効果がてきめんに大きいのはあるでしょう。国によっては、一つ金メダルを取ることで数千万円という報奨金が出ることもある。(選手生活を)太く短くというか、薬に頼ってでも一回金を取れればいい。バレなければいいんだ、ということになる。ある薬が違反になれば、また違う薬を作って。早い話が、いたちごっこなんですよね」

 三宅会長は68年メキシコ市五輪で銅メダルに輝くなど第一線で活躍。約半世紀前を思い起こしても、薬の影はちらついていた。

 「当時もおかしいとは思っていましたよ。バーベルを上げた後、フラフラと足がもつれながら帰ってくる選手や、目が異常に血走っている選手もいた。もちろんドーピング検査はありました。試合後の尿検査。でも昭和40年代の頃の検査というのは、ずさんでね。尿が出ないとビールを飲めと言われたり、コーラを飲まされたり。尿を出すところまでは見られないから検体のすり替えもできたし、取り違えもあった。試験管を使い回したこともあったと聞いています。私自身、飲みもしない薬を飲んでドーピング違反だと言われたことがありました」

 現在は、トップ選手の居場所情報の登録や抜き打ち検査、血液も含めた検査など、違反を許さない体制は整っている。国ぐるみでの違反が露見したロシアは21年東京、22年北京冬季の両五輪へ国単位での参加が認められない事態となった。処分の厳格化は当然だが、ドーピング根絶にはさらなる意識改革が不可欠と三宅会長は考えている。

 「日本のアスリートは、市販の風邪薬さえのめないような制限の中で頑張っている。世界の指導者や選手も決まりを守ってほしい。本当のメダリストは、やはり人間力があるものでしょう。練習に練習を重ねて記録を上げる。人としても、アスリートとしても立派だと言われるのが真の王者。メダルだけでなく、人にも価値があってこそという考えが世界に浸透しなければ、根絶につながらないと思いますよ」

 五輪存続危機に際し、ドーピングと合わせて問題となったのが、IWFのタマシュ・アヤン前会長による大規模な汚職。20年の長期独裁政権下で、11億円もの使途不明金が判明したのに加え、選挙買収も横行した。三宅会長は17年にIWF副会長選挙に立候補も落選。その後、推薦枠で理事に就任した。当時の記憶もまた生々しい。

 「東京五輪もあるから、いろいろ情報を得られるようにと思って立候補したんです。私の記憶では、AというホテルとBというホテルがあって、Aはそういう(買収に関与する)人、Bには我々含め全く関係ない人が入った。小さなペーパーも飛び交うんですよ。この投票では誰々に入れろ、って。つまらないなと思いました。選挙の時には、もう結果はでき上がっているような投票でした。現在、IWFはIOCから組織改革を求められている最中。今年は新会長選挙もある。我々としては、特にドーピング違反を出した国から役員を出さないように求めていきたいと思っています」

 都知事となった小池百合子氏の後任として、リオ五輪後の16年9月に日本協会会長に就任。日本、そして世界の重量挙げ界発展を願い、尽力してきた。1896年の第1回アテネ五輪にも名を連ねた“オリジナル競技”(当時は種目)の一つ。競技発展の中心には、やはり五輪が欠かせない。

 「(五輪の)夢がなくなったら衰退するだけ。コロナが収束したら小学生大会、中学生大会、高校生大会と充実させて層を厚くしていけば、トップアスリートが生まれる可能性も高まる。数がいないと競争がなくなって、いい選手が生まれなくなる。そのレールを敷くのが私の役目。構想は伝えて、選手と組織の強化を一体でやれるように持っていければと思っています」

 三宅会長の兄・義信氏は64年東京五輪、68年メキシコ市五輪を連覇。長女・宏実も12年ロンドン、16年リオの2大会連続で表彰台に立ち、次男の敏博氏(現・東京国際大ヘッドコーチ)は、指導者として後進育成に活躍する。人生を懸け、一家で究めてきたウェートリフティングの魅力とは―。

 「物言わぬ鉄を相手に、自分の精神力とも闘って、限界を超えるところじゃないですかね。私はね、自己記録を2キロ伸ばすのに5年半かかったんです。娘も1キロ伸ばすのに5年かかった。一体、何キロまで上がるのか分からない。未知への挑戦だから面白いし、やめられない。先が見えないから見てみたい」

 今夏の東京五輪は、宏実が集大成となる5度目の出場へ前進している。コロナ禍で先は見えない。それでも信念は変わらない。

 「大会に合わせて、7月23日に開会式が迎えられるように準備だけはしておく。これが大事なことだと思っています。五輪があってもなくても、試合が行われるその日を目指して頑張るしかない。私たちが諦めたら終わりですから」

 ◆三宅 義行(みやけ・よしゆき)1945年9月30日、宮城・村田町生まれ。75歳。法大を経て自衛隊入りし、68年メキシコ市五輪フェザー級銅メダル。同級金メダルだった兄・義信氏と、兄弟で同一大会同一種目での表彰台に立った。引退後は自衛隊で後進を指導し、2001年退官。16年から日本ウエイトリフティング協会会長を務める。

 ◆昨夏発足アスリート委 三宅宏実は 歴史や思想を超えた選手として つながりを続けたい

 IWFは昨夏、各大陸から男女1人ずつ計10人からなるアスリート委員会を発足させた。日本からは三宅会長の長女で、五輪2大会連続メダルの三宅宏実(35)=いちご=が名を連ねた。これまでに2度、オンラインの会議を開催。「フランス(パリ五輪)で厳しくなったのも、やはりドーピングがあるから。クリーンに解決しないといけない」と危機感がにじんだ。

 階級や出場枠の大幅減はIOCからの“警告”。一人の選手として、何より恐れるのは五輪除外だ。「五輪の夢がなくなると競技人口も減ってしまう。夢はずっとつなぎたい。(アスリート委員として)その役割を担っているので、役に立てることを形にして貢献できたら」と力を込めた。

 自身も他選手のドーピング失格により、アテネ、北京の両五輪で繰り上げを経験。横行する薬物違反を根絶する未来は―。「いつになっても減らないのは各国の歴史や文化、環境、思想の違いもあると思う。理解しきれない部分もあるけど、国際交流や選手同士の横のつながりを地道に続けていければいい」と願った。

 ◆ドーピング ドーピングとは、能力向上に効果のある禁止物質を摂取したり血液成分の操作など禁止された方法を用いたりすること。禁止物質および方法リストは世界反ドーピング機関(WADA)が定め、少なくとも毎年1回更新。今年も1月1日付で最新版が公表。市販風邪薬や花粉症の治療薬、サプリメントにも禁止物質が含まれるケースがある。ホルモンや代謝を調整する薬のように、常時禁止される物質と、興奮薬など競技会時のみ禁止の物質がある。

 日本勢のドーピング検査は、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が主体となる。尿検査の場合、同性の検査員の立ち会いの下で採尿。量は90ミリリットル以上が求められ、選手自身の体から出た尿だと検査員に確認してもらう。血液を検体とするケースもある。検体はAとBの2つに分けて分析。両方が陽性となるか、Aの陽性後に行うBの検査を放棄した場合、規律パネルが聴聞会を行った上で、違反の事実認定や成績失効などの制裁決定を行う。

 検査は競技会時のほか、JADAまたは国際競技連盟(IF)が指定したトップ選手を対象とする抜き打ち検査がある。対象者は、ウェブシステムやアプリで、3か月分の居場所情報(居住地、宿泊所など)を登録する。情報未提出などを12か月で合計3回繰り返すと規則違反。19年ドーハ世陸男子100メートル金メダルのC・コールマン(米国)が、昨年10月に当該規則違反で2年間の出場停止処分。東京五輪参加が絶望的となった。

 ◆IWFの不正とIOCの反応 昨年1月、ドイツの放送局が「腐敗した文化」としてIWFのドーピング問題を放送。同6月のIOC理事会で世界選手権王者を含む40件のドーピング隠ぺいやアヤン前会長の不正会計、選挙時の票買収などが報告された。IOCのバッハ会長は24年パリ五輪からの除外を示唆。同10月にも「強い懸念」を表明した。同12月のIOC理事会で出場枠を減らした上でパリ五輪実施種目に名を連ねたが、IOCは引き続き改革の行方を注視。パリ大会での種目実施は、まだ確定していない。

 ◆ドーピング違反アラカルト◆

 ▼発覚の経緯 競技後の検査で発覚するケースもあるが、08年北京と12年ロンドン両五輪では数年後の再検査で陽性となる選手が圧倒的に多かった。検査技術の進歩により、当時検出されなかった薬物が検出可能となった。

 ▼順位繰り上がり 違反者のメダル剥奪に伴い、他選手の順位は繰り上がる。三宅宏実は初出場の04年アテネ五輪48キロ級で4位だったミャンマー選手が失格となり、10位から9位に。北京五輪は当初6位だったが、メダリスト2人の失格で4位に繰り上がった。

 ▼他競技での繰り上がり アテネ五輪では陸上男子ハンマー投げの室伏広治がハンガリー選手の失格で銀から金メダルへ。北京五輪では男子400メートルリレーで金メダルだったジャマイカ代表の違反が再検査で発覚。大会から10年がたった18年に日本は銅から銀メダルが確定。同大会ではレスリング男子フリースタイル60キロ級の湯元健一も、17年に銅から銀メダルに繰り上がっている。

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