北京五輪期待のスキージャンプ・佐藤幸椰 メダルへの「逆算力」

主役候補として期待される佐藤幸
主役候補として期待される佐藤幸

 22年北京冬季五輪まで4日であと1年。コロナ禍の中で努力を重ねる、メダル期待の道産子選手がいる。スキージャンプで石狩市出身の佐藤幸椰(25)=雪印メグミルク=は札幌日大高時代の恩師・菅野公則監督(56)=全日本ジュニアチーフコーチ=とともに培った“逆算力”を武器に挑む。

 教え子の成長に、疑いを感じたことはなかった。当時、札幌日大高に石狩から通っていた幸椰との出会いを、菅野監督は鮮烈に覚えている。「入学時から世界を目指すモチベーションが半端なかった。後にも先にもあんな子はいない。教えたのは逆算する力。私はレールを用意するだけだった」。

 宮様大会で高校生初の優勝と2年連続NH、LH2冠獲得、全国高校スキー3連覇と高校時代は常に主役だったが、目指す頂は世界。国内大会から下部コンチネンタル杯、W杯とステップアップするための効率的な大会選択や、競技活動を見据えた企業選び…。年に何度も面談で相談に乗ってもらった幸椰は「先生のもと、競技に向かうプロセス、そこに至るまでにすべきことを考える力が身についた。それが財産になっている」と感謝する。

 14年に雪印入社後、W杯本格参戦は18―19年だった。もがき続けた4年間。大会で顔を合わせることもあったが、監督から余計な心配や声がけはしなかった。逆算して立てた目標への邁進(まいしん)力が、並外れていると知っていたからだ。高校の卒業文集に記した幸椰の座右の銘は、サッカー元日本代表・本田圭佑の「思い立ったらすぐやる事。チャレンジしたいと思ったら今やらないといけない」。

 菅野監督は「高校時代も細かい技術や練習法を指導したことはない。ストイックに目標へ努力する。遊びもそう。地名人名などの『〇〇しりとり』がはやっていて。特にサッカー選手しりとりは強かった。練習も誰よりやるのに、どこでそんなの覚えてきたの? ってみんな完敗だった」と懐かしそうに振り返る。

 壁を破ると、昨季W杯で初V含む個人2勝。今季は表彰台こそないが一桁9回と安定感は増す。18―19年個人総合王者・小林陵侑(24)=土屋ホーム=と並び、新設の混合団体でも男子エース格として期待される存在になった。今季開幕前も大会で言葉を交わした菅野監督は「苦しい時期もあったけど、今の活躍に驚きはない。161センチで海外の大型選手を負かす姿は子供たちのお手本、希望にもなる。幸椰の背中には大きな夢が詰まっています」と期待を寄せる。

 世界中で見えない敵が猛威を振るう、先の読めない状況。二人三脚で磨いた“逆算力”は、前例のない五輪イヤーでこそ真価を発揮するはずだ。(川上 大志)

 ◆佐藤 幸椰(さとう・ゆきや)1995年6月19日、石狩市生まれ。25歳。小2から札幌ジャンプ少年団で競技を始め、石狩花川北中3年で全国中学優勝。札幌日大高では史上初の全国高校3連覇。女子の高梨沙羅らと出場した12年ユース五輪(オーストリア・インスブルック)でNH個人銅メダル。14年雪印メグミルク入社。19年世界選手権(同・ゼーフェルト)LH団体銅メダル。W杯個人通算2勝。161センチ、54キロ。血液型B。家族は両親と姉、兄。

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×