森本貴幸、カズの金言が海外移籍の後押し…「限界を決めたら絶対にだめ。いつでも若々しくやらないと」

スポーツ報知
18年4月、試合終了後、横浜C・三浦(左)と握手を交わす福岡・森本

 パラグアイ1部のスポルティボ・ルケーニョは2日、元日本代表FW森本貴幸(32)と1年契約を結んだと発表した。森本はこのほどスポーツ報知のインタビューに応じ、海外移籍の後押しとなった横浜CのFW三浦知良(53)から授かった“金言”を明かし、挑戦への意気込みを口にした。(取材・構成=小又 風花)

 昨季、日本代表やクラブで一緒にプレーした中村憲剛氏、内田篤人氏らが引退。森本自身も新型コロナによるリーグ中断など、今後のプロ生活を考えるきっかけが多くあった。

 「これからも試合や練習ができなくなる可能性もある。もう一生、サッカーができないかも、とも考えた。このまま年を取って終わりを迎えるより、日本以外の世界にチャレンジしたい気持ちが強くなった。カターニャ(イタリア)時代は(自身が)知られていないところから、実力や結果で示すしかなかった。そのスリリングな状況を味わいたくなった」

 昨年9月末に福岡と双方合意のもとで契約解除し、ギリシャ3部・AEPコザニへ移籍。だが、渡欧した直後の11月1日から国全体がロックダウン(都市封鎖)し、チームは活動休止。開幕の見通しもなくなった。

 「チームから外国人選手は母国に帰っていいと言われた。でも、縁があってギリシャに来て、コロナ禍でロックダウンして、こういう世界を見られるのは僕しかいない。帰りたくないと伝えて、家の近くで自主練をしていた」

 ただ、状況は変わらず、契約を残して12月初旬に帰国。再び移籍先を探した。海外にこだわった理由は三浦知良の言葉だ。福岡と契約解除後、あるクラブへの移籍が出国直前で破談となり、所属チームがない期間のことだった。

 「今後のことを誰かに相談したかった時、地元・神奈川のサウナで偶然、カズさんに会った。これは運命だなと。神様に見えた。交代浴をしながら2時間くらい話をした。印象に残っているのは『どこでやっても一緒だからね、サッカーは』『自分で限界を決めたら絶対にだめ。いつでも若々しくやらないと』という言葉。いろんな国でプレーして、今も現役で体現しているから、めちゃくちゃ突き刺さった。そのあとすぐにギリシャの話が来て、即答で決めた。あの時、カズさんに会えていなかったら、今どうなっていたか分からない」

 新天地はパラグアイ。リーグ戦成績で4チームに与えられる南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯への出場を目標に掲げる。

 「妻と3人の子どもがいて、Jリーグでやっていた選手なら選ばない選択かもしれない。もちろんJリーグでトップを目指すのもいい。でも、僕は残りの現役生活を考えると、この地球のいろんな国でボールを蹴って、異なる文化に触れたい。今は楽しみな気持ちがめちゃくちゃ強いです」

 ◆パラグアイ国内リーグ プロは1部、2部で構成。1部は12チームで前後期の2ステージ制。07年までは各優勝チームによる年間王者決定戦が行われた。首都アスンシオンにオリンピアなどの強豪クラブが集まっている。1921年創立のスポルティボ・ルケーニョは51、53年にリーグ戦優勝。76、84、08年にはリベルタドーレス杯に出場した。ホームタウンは南米サッカー連盟本部があるルケ。過去に元日本代表FW武田修宏、GK小沢英明、MF下地奨が在籍。同リーグにはMF広山望がセロ・ポルテーニョ、FW福田健二がグアラニに所属した。

 ◆森本 貴幸(もりもと・たかゆき)1988年5月7日、川崎市生まれ。32歳。2004年に東京Vで史上最年少の15歳10か月6日でJ1デビュー。同5月には15歳11か月28日でJ1最年少ゴールを記録。同年のJリーグ最優秀新人賞獲得。その後はイタリア1部カターニャなどを経て13年にJ2千葉でJ復帰。20年9月まで福岡に在籍し、同10月にギリシャ3部AEPコザニへ移籍。08年北京五輪、10年南アフリカW杯代表。国際Aマッチ10試合3得点。180センチ、77キロ。

 

サッカー

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×