お笑いコンビ・天竺鼠が29日、東京・新宿のルミネtheよしもとで、異例の無観客無配信ライブ「高級ジャンピングボレーライブ」を開催した。新型コロナ禍で無観客の配信ライブが増えるさなか、このライブは配信さえもされなかった。”誰も見られないライブ“。にもかかわらず、クラウドファンディングで集まった支援金は280万円を超えた(2月7日まで受け付け中)。ボケの川原克己(41)は言う。「誰も見てない中ならほんとに好きなことだけやれるのか」。それは、天竺鼠にとって”初心に戻るための挑戦“だった。(瀬戸 花音)
「まだお客さんおる感じのリハしてるわ」。瀬下豊(41)がつぶやいた声はぽとりと床に落ちた。そこに、“誰も見られないライブ”へ向けたリハーサルの正解を知る者はいなかった。入念なリハーサルは開演時間が過ぎても続けられ、19時50分。ようやく終わった。
20時10分。がらんとした客席はそのままの姿でそこにあった。暗転。暗闇に浮かび上がるスクリーンの光。オープニング映像が流れ始める。普段なら客席に座る何百人の高揚をあおるファンファーレ的役割を担ってるはずのそれは、ただぽっかりと浮かぶ光源と化していた。あるいは、これから舞台にあがるふたりにとっては必要な予兆だったかもしれない。
そこから、異空間へ向けた新ネタが11本。普通なら響くはずの笑い声はもちろんない。瀬下がわさびとからしのチューブを鼻につっこんでも、ビンタを受けても、それに反応を示す人間がいない。響く空調の音は、異物を飲み込んだルミネtheよしもと自体のうなり声にも聞こえた。6本目あたりから、暗転と明転の意味ももはやわからなくなる。
7本目、落ちとなる川原の「一万円」というセリフにはエフェクトがかかり、「いちまんえんまんえんまんえん」と木霊のように響く形で計50回。暗転してからも空虚なる闇のなかに響き続けた。37回目には川原自身がが笑いをこらえきれなくなる。ネタ中、笑いの混じった声が劇場に響いたのは川原自らによるこの声だけだった。
「ありがとうございました~」。ネタの多くは川原のこのセリフで終わる。芸人のネタ終わりのセリフとしては最も一般的かもしれないその言葉。ただ、この日だけは、それが狂気にも感じられた。誰にむけた「ありがとう」なのか。受け手を失った言葉はただ劇場内をさまよっていた。
ゲームコーナーに出演したミルクボーイの駒場孝(34)は「急いで着替えてましたもんね。コントの合間も」と舞台裏の天竺鼠の様子を話す。誰を待たせているわけでもない空間で、急ぐ必要は全くないのだが、川原はその理由を「クセで」と答えた。隣の瀬下も「次なんやったけ」と汗だくになりながら着替えを急いだという。この異質な場所でも、芸人としての日常は体に染みついていた。
新ネタ11本とゲーム2本。22時50分。スタッフの終電と、瀬下の車が止めてあるルミネの駐車場の時間を気にしながら、2時間40分の“なにか”は幕を閉じた。
新型コロナ禍で“新しい日常”が叫ばれ、あらゆるものが制限を余儀なくされる時代。この状況下、1200人を超えるクラウドファンディングの支援者たちは天竺鼠のリミッターを外した。万人が想像でしかたどり着けない境地にたどり着いたふたり。川原は、瀬下は、そこでなにを見たのだろうか。その感覚を川原は「入り口のない建物を作ってる感じ」と表現した。残念ながらその言葉への共感を許されるのは今、瀬下ただひとりだ。
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