「記録の手帳」で野球ファン拡大に貢献した元パ・リーグ公式記録員の千葉功さんを悼む

千葉功さん
千葉功さん

 パ・リーグの記録部長を約20年間務めた千葉功(ちば・いさお)さんが26日午後6時34分、脳出血のため東京都三鷹市で死去した。85歳。東京都出身。葬儀・告別式は近く家族葬で営まれる。1954年にパ・リーグ公式記録員となり、75年から95年まで記録部長を務めて、97年にパ・リーグを退局した。61年から56年間にわたり、記録から見たプロ野球の面白さを記事にした「記録の手帳」を週刊ベースボール誌上に、病に倒れるまで一度も休まずに2897回連続して執筆した。

 千葉さんは私にとって、スポーツ報知での恩師・宇佐美徹也さん、メジャーの生き字引・パンチョ伊東さんとともに恩人の一人。入社1年目からパ・リーグに行った際には声をかけてくださり、記録の何たるかを教えてくれた。同年配のこの3人はパ・リーグの昭和30年代“若き三銃士”と言われ、その後そろってメディアで活躍。最後に残った千葉さんも旅立ってしまったのは残念の一言だ。

 3人の中で最初に名前を知ったのも週刊ベースボールの「記録の手帳」の千葉さんの記事だった。2000年に連載2000回記念パーティーを行った際に、「できればカル・リプケンの連続試合出場の2632を抜きたいんだよな」と言っていたが、それはあっさりクリア。2897回まで、病に倒れるまで一度も休まず、週刊誌の最長連載記録になっていたはずだ。

 メールがない時代、遠征に行っているときは列車のチッキ(国鉄が行っていた手荷物配達)で配達していた、と聞かされたこともある。

 公式記録員時代には行けなかった米大リーグ観戦。パ・リーグ退局後に、毎年のように出かけ、中でも現地のファンと一緒にキャンプツアーに参加するのが毎年の行事だった。仕込んだ米大リーグの記録を連載に掲載するほど70歳を超えてもエネルギッシュだった。

 千葉さん。本当にお疲れ様でした。(蛭間 豊章)

◆千葉 功(ちば・いさお)1935年5月22日、東京都台東区生まれ。江北(こうほく)高から54年にパ・リーグ事務局に入局。集計員を経て公式記録員。75年に記録部長となり、97年に退局した。

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