森内寛樹、森進一の“最強のDNA”を継いでソロデビュー「歌声で勝負したい」…芸能記者イチオシ今年の顔

スポーツ報知
カバーアルバム「Sing;est」でソロデビューした森内寛樹(カメラ・関口 俊明)

 歌手の森進一(73)と元歌手・森昌子さん(62)の三男でロックバンド「MY FIRST STORY」のボーカル・Hiro(27)が、本名の「森内寛樹」名義で20日にカバーアルバム「Sing;est」を発売し、ソロデビューした。高い歌唱力と表現力はさることながら、明るいキャラクターと軽快なトークでも人気上昇中。ソロデビューの経緯や父親について語った。(加茂 伸太郎)

 「みんな歌をやっている。なかなかないと思うんです、(次男を除いて)家族全員が日本武道館に立ったことがあるというのは」

 “最強のDNA”を継ぐ森内がソロデビューした。父親は森進一、母親は森昌子さん。自身も11年から「MY FIRST STORY」のHiroとして活動しており、歌唱力と表現力は同世代の中でも随一との声も高い。今作は「歌声で勝負したい」と、本名でリリースすると決めた。

 昨春の緊急事態宣言でライブが延期や中止になり、外出自粛を強いられた。自由にメンバーと会うことができず、自分自身と向き合う時間が増えた。コロナ禍で何ができるのか―。自問自答の末にたどり着いたのは、「音楽で人を楽しませることがしたい」だった。

 カラオケに行くと、女性の曲を原曲キーで歌う。選曲にあたって女性ボーカルの曲だけをセレクト。人生で初めて買ったCD「Automatic」(宇多田ヒカル)や「アイノカタチ」(MISIA)、「夜に駆ける」(YOASOBI)など名曲から流行歌まで10曲が収録された。「男性の曲はキーが低く、上げて歌うことが多い。女性の曲を原曲で歌う方が、曲の良さをそのまま生かすことができると思った」

 幼い頃から音楽に囲まれて育った。この世界を意識し始めたのは高校2年の頃。進路希望を提出する際、記入できないでいた。「友達に聞くと『とりあえず大学に行く』みたいな。その言葉が引っ掛かっていた。行きたい大学があって行くなら分かるけど、『とりあえず』で行くなよって。僕は頭も良くないし、大学に行く気はなかった」。そんな時に見たロックバンド「Pay money To my Pain」のライブで、現在の事務所代表に声をかけられ、バンド結成につながった。

 森内は昨年11月のフジテレビ系「まつもtoなかい~マッチングな夜~」で父・進一と初共演。代表曲「襟裳岬」を歌うと、あまりに似た声色に「#Hiro」がトレンド入りした。「父親を前にして父親の歌を歌うのは初めて。困っている間に終わりました(笑い)。当初予定にはなかったんです。歌うと分かっていれば、リハやりたかったな~」

 今では良き理解者だが、かつては音楽活動を反対されていたという。「自分が苦労したから同じ苦労を味わわせたくない。だからやってほしくないんだと言っていた。ただ、僕が伝えると『頑張れよ』と。寛大に見守ってくれています」

 ミュージシャンとしての父を意識したのは、デビュー後。ライブで宮城を訪れた際、気仙沼市内に建立された「港町ブルース」の歌碑の存在を知ってから。「二宮金次郎みたいじゃないですか。すごいな、偉大だなと感じた瞬間。勝てないなと思いましたね」

 バンド結成10周年に、ソロとしての一歩を踏み出した。「新しい挑戦。許されるのであれば、続くまでやってみたい。今は目標を決めずに歩いていきたいと思う」。他の誰とも違う、森内にしか築けない唯一無二の道を進んでいく。

 ◆森内 寛樹(もりうち・ひろき)1994年1月25日、東京都出身。27歳。2011年夏「MY FIRST STORY」結成。12年初アルバム「MY FIRST STORY」でデビュー。16年に初の日本武道館公演。17年全曲フルオーケストラコンサート。19年初の横浜アリーナ公演。アルバムタイトルは「Singer」と最上級の意味を持つ「est」の造語。「NO1ボーカリスト」という意味を込めた。

 ■魅力のある声カバー第2弾期待…取材後記

 自分の言葉で話そうとする姿勢に好感が持てた。両親と同じ歌手になったことを聞くと、「意識したわけじゃないんです。奇(く)しくも(Takaと)2人が行っちゃいましたね」と照れくさそうに語る姿が印象的だった。

 選曲にあたり、収録曲から漏れた曲も多数ある。この先、カバー第2弾があるなら期待したい。それほど魅力ある声の持ち主だからだ。バンドとしての夢は東京ドーム公演。ソロの経験とキャリアがバンド活動に相乗効果をもたらすのは間違いないだろう。

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