連載「ティッシュの涙」からたどり着いた境地…「詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間」著者・長谷川晶一氏に聞く【後編】

深すぎる知識と愛が詰まった独特の語り口も定評がある長谷川晶一さん。ラジオでも人気を集めている(左からえのきどいちろうさん、長谷川さん、村瀬秀信さん、本紙加藤弘士デスク)
深すぎる知識と愛が詰まった独特の語り口も定評がある長谷川晶一さん。ラジオでも人気を集めている(左からえのきどいちろうさん、長谷川さん、村瀬秀信さん、本紙加藤弘士デスク)

 ともに第7戦までもつれた92、93年の西武とヤクルトによる日本シリーズの舞台裏を描いた「詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間」(インプレス・税抜き2000円)の著者・長谷川晶一さん(50)へのインタビュー後編。今回が通算30冊目、燕党歴40年、50歳となる長谷川さんの半生に迫った。(加藤弘士)

 子供の頃、なりたかった職業は何ですか。

 「中学生まではプロ野球選手。なれないのは分かっていたけど、なりたかったんです。小学生の時は本気でした。中学も軟式でレギュラーだったんですが、強くなかった。そんな中でなりたかったのは、編集者です」

 人は環境によって育てられる。長谷川さんの父は「週刊女性」の編集者。家には常に書籍と雑誌が山積みの環境で日々を過ごした。

 「ライバル誌の『女性自身』や『女性セブン』、『微笑』は必ずありました。親父自身が読んでいる『文春』や『新潮』『現代』『ポスト』『宝石』…みんなあったんですよ。親父の部屋に行くのが凄く楽しかった。面白い本がいっぱいあったから。自分の愛読誌は『週ベ』『週プロ』でした」

 グラウンド内外において野球少年だった長谷川さんは千葉南高へ進学後、野球部に入部しなかった。代わりに夢中になったのは…。

 「学校をさぼって映画を見に行くみたいな。自堕落な生活ですね。高校が本当に楽しくなかったんですよ。学校は家から5分ぐらい。昼休みに帰宅して『笑っていいとも!』を見ていました。で、また学校に戻る(笑)。卒業も危なかったんです。ギリギリだった。今でも夢に見るんですよ」

 中でも影響を受けた映画は、あの名作だった。

 「『男はつらいよ』です。あの当時はハリウッド映画全盛だったので、同級生、誰も一緒に行ってくれませんでしたが(笑)。87年公開の『寅次郎物語』はかなり熱かったですね」

 87年の高校生といえば「トップガン」「プラトーン」「アンタッチャブル」が人気を呼んでいた頃。寅さんにハマる高校生はいささか変わっている気もするが…。長谷川さんの語気が強まった。

 「僕はヤクルトファン歴より、寅さん歴の方が長いんです。5歳ぐらいから全部映画館で見ています。親父が好きだったんで、一緒に見に行っていたんですが。僕は映画に出てくる諏訪満男(吉岡秀隆)と同い年で、感情移入しながら見ていましたね。しかも僕が浪人中に見に行ったら、満男も浪人している(笑)。就活も同時期だったし」

 19年には寅さんシリーズでは第50作となる「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開された。スクリーンを見つめていた長谷川さんは仰天した。何と満男が作家になっていたからだ。

 「しかも映画の中で、八重洲ブックセンターでサイン会をしているんですよ。後藤久美子演じる及川泉という恋人が『サイン下さい!』とやってきて、ビックリする場面があって。僕も先日、八重洲ブックセンターでサイン会をしたんです。『泉ちゃん、来ないかなあ』と思いながら、サインをしていました(笑)」

 1浪後に早大へ進学。当時、編集者になるためにどんな勉強を-と聞くと、こう遮られた。

 「僕は大学時代からライターだったんです。きっかけは入学後すぐに『ルポルタージュ研究会』という伝統あるミニコミのサークルに入ったこと。僕は沢木耕太郎や山際淳司のようなスポーツノンフィクションを書きたいと思って入ったんですが、ゴリゴリの社会派サークルだったんですね(笑)。OBは新聞記者ばっかりで。サークルに入ったら、取材して書けと言われたので、書いたら先輩方から酷評されたんですが、あるOBの目に留まって。『これいいね』って、仕事が来るようになった」

 周囲が社会問題を告発するような記事を書く中で、長谷川さんは都内の名画座の館主たちのドキュメントを書いた。

 「当時はレンタルビデオが盛んになって、映画館に人が来なくなったと言われる状況でした。銀座の並木座や池袋の文芸座など5、6カ所取材に行って、群像劇を書いたら評判良くて。その頃は『おたく』という言葉が定着してきた頃だったので、今度はおたくの群像を書こうと。いろいろ取材しているうちに、宅八郎さんに出会うんです」

 宅さんに気に入られ、長谷川さんは「週刊SPA!」の連載を手伝うようになった。「ワセダに使える学生がいる」…噂は広がり「SPA!」で原稿を書くことに。活躍の場は広がっていった。

 「エロ本でも書いていました。小さめの判型の、あるエッチな本で。『ティッシュの涙』という連載を書いていたんです。『雪之丞華之介』というペンネームで。バンド『アンジー』の水戸華之介さんが大好きで、『華之介』と名乗りたかったんです。『長谷川華之介』ってカッコ悪いから、ゴージャスな名字にしようと思って」

 大学時代のライター生活は多忙を極めたが、卒業後には「1度はサラリーマンもやってみたい」と出版社に就職。10年間に及ぶ編集者生活を経て独立し、今に至る。

 今回の「詰むや、詰まざるや」は30冊目の単行本。重版も決まり、野球ファンからの熱い支持を受けた。今後の夢を聞くと、長谷川さんは笑みを浮かべ、言った。

 「今でも『雪之丞華之介』でデビューしたいと思っています。いつかこのペンネームで、本を書いてみたいですね」(おわり)

 ◆長谷川晶一(はせがわ・しょういち)1970年5月13日、東京・杉並区生まれ。50歳。早大商学部卒。出版社勤務を経て2003年よりノンフィクションライターに。スポーツ、芸能を始め幅広く取材。神奈川・厚木高ダンスドリル部全米制覇のドキュメント「ダンス・ラブ★グランプリ」は、2006年にフジテレビで「ダンドリ」としてドラマ化された。近著に「虹色球団 日拓ホームフライヤーズの10カ月」(柏書房)、「生と性が交錯する街 新宿二丁目」(角川新書)などがある。

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