祝 佐山和夫氏の野球殿堂入り 作家、ライターでは戦前の野球記者・太田茂氏らに次いで3人目の快挙

佐山和夫氏
佐山和夫氏

 ノンフィクション作家の佐山和夫さんも候補2年目で特別表彰による殿堂入りを果たした。お祝いの電話をすると「私は選手でも何でもない。ですから殿堂入りの知らせを聞いたときびっくりして“ありがとうございます”の一言も言い忘れるほどでした」と苦笑いだった。それも当然だ。作家、ライターでの殿堂入りは戦前の野球記者、太田茂(四州)氏、ルールにも精通していた同じく野球記者の鈴木美嶺氏に次いで3人目だったからだ。

 野球との関わり合いは古い。父親が戦前2度、中等野球大会で全国制覇を果たした和歌山中(現桐蔭)の教師で校内の官舎に住んでいた関係で小学生の時に野球部の球拾いを買って出て、それを見かねた母親がチームと同じユニホームを作ってくれ、ボールボーイに抜てきされた。その姿勢が評価され、1946年復活した大会に引率され、西宮球場のスタンドで応援。慶大在学中は黄金時代の東京六大学野球に日参、立大・長嶋茂雄の当時の新記録8号本塁打も目の当たりにしたという。

 家庭の事情で和歌山県田辺市に戻って母校でもある田辺高の英語教師を9年間務めた。その後、英語塾講師をしていた1982年6月10日、“伝説の名投手サチェル・ペイジ氏死去”の新聞記事に目を奪われた。ニグロリーグ、42歳でメジャーデビュー、59歳で登板。こんな数字が並ぶ記事に興味を引かれるとともに疑問が沸き、いてもたっても居られずに米国の関係筋10か所に手紙を書いた。45歳の時だった。

 そしてニグロリーグ博物館長のバック・オニール氏から「そんなに知りたいのならこちらへ来て下さい」との返事に渡米。現地で取材したのをまとめたのが84年度(第3回)潮ノンフィクション賞を受賞した「史上最高の投手はだれか」だった。

 その後はニグロリーグから始まり、野球の成り立ちなど多くの歴史的事実を現地取材で発掘し、多数の本を出版してファンを喜ばせた。

 その働きが高野連にも認められ顧問になると「ボール、ストライクのコールの国際化」「センバツ高校野球の21世紀枠」など斬新なアイデアを出していった。

 また、ニカラグア大地震の救援に向かって飛行機事故死したロベルト・クレメンテに関しても調査、執筆した経験から選手のグラウンド外での活動に注目し提唱。それが、報知新聞社主催の「ゴールデン・スピリット賞」となって実を結び1999年からスタート。今でも選考委員として重責を担っている。

 選手ではないからこそ野球への愛情は深く、59歳でメジャー登板したペイジにならって、同じ59歳になった1996年にドジャースのファンが集うフロリダ州ベロビーチで行われたファンタジーキャンプに約1か月参加してプレー。また、愛車ビートルの後部座席にはボールとグラブを置き、いつでもキャッチボールが出来るようにしている。

 佐山さん、本当におめでとうございました。

 蛭間 豊章

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