Jリーグの清水と磐田はなぜ勝てないのか

20年9月16日の24節、横浜Mに敗戦後、スタッフをねぎらう清水のクラモフスキー元監督(中央)
20年9月16日の24節、横浜Mに敗戦後、スタッフをねぎらう清水のクラモフスキー元監督(中央)
昨年の最終節、栃木戦後にピッチを引き揚げる磐田イレブン
昨年の最終節、栃木戦後にピッチを引き揚げる磐田イレブン
昨年のホーム最終節であいさつする清水の平岡前監督
昨年のホーム最終節であいさつする清水の平岡前監督

 今年1月から東京本社勤務になった。それまでは静岡支局で17~19年にジュビロ磐田、20年は清水エスパルスを担当した。18年の磐田はJ1で16位(プレーオフの末、残留)、19年は同最下位で降格。清水は昨年J1で16位、コロナ禍でない例年であればプレーオフ圏だった。サッカー王国・静岡の両クラブとも2000年代まではタイトル争いをし、Jリーグを引っ張る強豪だった。だが、近年は苦戦。J1を担当している間、どちらかといえばネガティブな原稿を書くことが多かった。

 両クラブとも神戸や浦和のようなクラブと肩を並べられる資金力はない。ともに育成に力を入れ、ユースは高校年代最高峰のプレミアリーグに所属する。清水の大熊清GM(56)は「地域に根ざしながら強いチームを作らないと育成も回っていかない」と話す。磐田の名波浩元監督(48)も「若手の成長に蓋(ふた)をしない」とたびたび口にし、FW小川航基(23)らにチャンスを与えていた。だがすぐには結果に結びつかず、残留争いを抜け出すため、最後は外国人やベテラン選手に頼らざるを得なかった。清水も、19年まではFWドウグラス(33、現神戸)に依存していたと複数の選手が明かしていた。降格への恐怖もあり、じっくりと腰を据えて強化ができなかった。

 都心からのアクセスが便利とは言えないことも好選手が集まらない一因になっている可能性はある。17年の磐田は終盤までACL争いを繰り広げ、6位に躍進していたが、当時のハリルホジッチ日本代表監督の視察はほとんどなかった。当時の名波監督は「代表監督が来てくれないかな。もっと選手をみてほしい」とこぼしていた。静岡からの日本人選手の欧州移籍も17年以降、磐田MF松井大輔(ポーランド・オドラオポーレ、現ベトナム・サイゴン)、清水FW北川航也(オーストリア・ラピッド・ウィーン)、DF松原后(ベルギー・シントトロイデン)のみ。欧州からのスカウトも訪れづらいのではないだろうか。代表や欧州移籍につながるクラブでなければ、選手獲得の段階で競争に負けてしまう。

 埼玉出身でF東京やC大阪で監督もフロントも務め、昨季GMに就任した清水の大熊氏は「静岡ではACLに清水も磐田も久しく出ていない。ACLに出れば静岡も変わる」と話した。清水に関しても「オリジナル10。うまい、強いイメージがある中で、Jリーグも変わってきた。今はJの全クラブが医療やユースなど変わろうとしている。清水もスタイルを作らないといけない」と話した。C大阪ではMF清武弘嗣、FW柿谷曜一朗らが海外挑戦とW杯出場、そして復帰し活躍することを経験した「循環型クラブ」を実現したことを引き合いに出して、改革の必要性を口にした。

 両クラブとも、かつての名選手が監督、GM、強化部長などの要職を務めることが多い。フロントを含めて外部招へいが少ない中、組織がやや滞り気味に映る。育成から育った選手が結果を出してより魅力的なクラブになることが変ぼうの第一歩。そして、思い切って外部の血を入れることも王国復権につながると思う。(地方部・山田 豊)

20年9月16日の24節、横浜Mに敗戦後、スタッフをねぎらう清水のクラモフスキー元監督(中央)
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