「神になった」飯伏幸太…東京Dで2冠奪取の「ゴールデン☆スター」が目指すプロレスの未来像

「1・5」のメインイベントで2冠タイトルの初防衛を果たした飯伏幸太は観客席にマイクを突き上げアピール(カメラ・泉 貫太)
「1・5」のメインイベントで2冠タイトルの初防衛を果たした飯伏幸太は観客席にマイクを突き上げアピール(カメラ・泉 貫太)
「1・4」のメインイベントで内藤哲也にカミゴェを炸裂させた飯伏幸太
「1・4」のメインイベントで内藤哲也にカミゴェを炸裂させた飯伏幸太

 デビュー17年目。38歳になった「ゴールデン☆スター」が東京ドームのど真ん中で頂点に立った。

 4、5日の2日連続で開催された新日本プロレス新年恒例の東京ドーム大会「WRESTLE KINGDOM 15」。昨年は2日間で7万71人を動員したドル箱大会も今年は新型コロナによる入場制限のため、2日間計2万490人と観客数が大幅に減少した。

 スタンドの空席も目立ったプロレス界最大のお祭り。飛沫防止のため、声援は自粛、手拍子と足踏みのみでの応援を余儀なくされた観客たちの視線を一身に集めたのが、2日連続でメインイベンターとして登場した飯伏幸太(38)だった。

 「1・4」のメインでは、IWGPヘビー、インターコンチネンタルの2冠王者・内藤哲也(38)との同い年頂上決戦に臨んだ。

 ともに1982年生まれ。DDT出身の飯伏がベスト・オブ・ザ・スーパージュニアを制した09年からのライバル関係にあった2人の対決が最高の舞台で実現。飯伏が危険過ぎるエプロンからの雪崩式フランケンシュタイナーなどで攻勢に出れば、内藤もリングで披露するのは久しぶりのプルマブランカ、必殺のデスティーノなど強烈過ぎる技で対抗。最後は3発目の必殺技・カミゴェで内藤を沈めた飯伏はデビュー17年目でのIWGP初戴冠に2本のベルトを天高く掲げてみせた。

 「僕は今、本当に、本当にうれしいです」とニッコリ。「メインイベントで花道を歩くこと自体が奇跡というか。僕はデビューして17年たつんですけど、本当に小さなところからコツコツやってきて…。よく、ここまでたどりついたなと自分でも思ってます」と涙声で正直に話した。

 そして24時間後に迎えた「1・5」のメイン。生まれたての新2冠王として、昨年11月のIWGPヘビー挑戦権利証争奪戦で敗れるなど、シングル戦3連敗中だったジェイ・ホワイト(28)の挑戦を受けた。

 内藤との31分18秒の激闘の疲れも取れない中、この日が東京D2連戦初戦のジェイとの一戦。前夜に痛めた右足首もパンパンに腫れた状態で消耗度の差は明らかだった。ジェイのマネジャー役・外道(51)もリングの内外から介入と1対2のハンディ戦となったが、飯伏は高さ抜群のヒザをジェイの顔面にヒットさせると、ラリアットから後頭部へのリバース・カミゴェ、とどめのカミゴェと畳みかけ、3カウントを奪った。

 試合時間48分05秒。内藤戦と合わせ、2日間で79分23秒を戦い抜いた飯伏はリング上で大の字になり、起き上がれない状態に。ベルトを抱きしめたところでリング上に昨年の「G1クライマックス」決勝で破ったSANADA(32)が登場。「チャンピオン、こんな時だからこそ、プロレス界の希望・SANADAからの挑戦表明というギフト、受け取ってもらえますか?」と聞かれると、「僕もSANADAさんと、もっと試合がしたい。よろしくお願いします。やりましょう」と対戦を受諾した。

 そして、リング上でマイクを持つと、「逃げない、負けない、あきらめない、そして、絶対、裏切らない。そして、本当の神になった!」と絶叫。G1優勝までは「神になる」と叫び続けていた男が、ついに「神になった」と過去形で自身の到達点を口にした。

 「本当に長かった。本当に何もかも重い。この2つのベルト、やっと重さが分かりました。ベルトの重さじゃなくて、価値の重さ」と、しみじみ話すと、「この最高のベルト・インターコンチのベルトと最強のベルト・IWGPヘビー級のベルトを一つにしたい。僕は最高も最強も欲しい。何の存在意義があるんですか?2冠に。僕は、これを一つにしたいと思います」とベルト統一を希望した。

 「防衛ロードも最高12ですか。じゃあ、僕は13を目指して頑張ります」とオカダ・カズチカ(33)の持つ最多防衛記録の更新を宣言。「僕の夢はプロレスを本当に世界一の競技にしたい。やっぱり、野球、サッカーには勝てない。2つのベルトを手に入れたからには、発言力が増したと思うので、もっと、もっと、いろいろなところで、いろんな場所で、プロレスをやっていきたいと思います。広めるのが、僕の仕事だと思っているんで。プロレスが広まるならば何でもいいです。何でもやります」と汗まみれの顔で決意表明した。

 子どものような表情で話し続ける新王者を見た時、私の記憶は2018年2月、初めて1対1でインタビューした東京・新木場のスタジオへ引き戻されていた。その日、プロレス界一の甘いルックスを誇る男に「スポーツ報知」の女性向けページに登場してもらうため、70分間に渡って話を聞いた。

 「小学校を卒業する頃には今、やっている技が全部できました。フェニックス・スプラッシュも小6で形としてはできた。やり始めてもう25年くらいですか。今や絶対、失敗しないですね」と誰もが「天才」と呼ぶ身体能力を誇ったかと思えば、インディー団体・DDTでデビューしたことについて、「体重が軽いから新日のプロレスラーにはなれないと思い、自分の中で挑戦もせずに挫折してます。挑戦するのを諦めたというより資格がないと思ってしまった」と打ち明けた。

 その“天然過ぎる”性格も予想以上だった。

 フジテレビ系「アウトデラックス」に「精神年齢14歳のプロレスラー」として出演した際、MCのマツコ・デラックスと「ナインティナイン」矢部浩之の2人をさまざまなエピソードで驚愕(きょうがく)させた。登場してソファに座るやいなやあいさつもそこそこにテーブルのお菓子に手を出し、マツコをあきれさせる一幕もあった。

 DDT時代には路上プロレスの試合で、ショッピングモールのごみ箱を破壊。会場に展示していた新車の上から無許可でケブラータを敢行し、スポンサーを激怒させた。「イブシ」で検索すれば、対戦相手の顔をトイレの便器に突っ込んだり、全身に花火を浴びる「アブナイ」映像がネット上にはあふれている。

 さらにゲームのやり過ぎで腱鞘炎になり試合を欠場。外食では決まってチーズ系を頼む。満員電車が苦手で途中下車して試合に遅刻したなど逸話はとめどない。

 13年から新日とダブル所属となったが、16年に両団体を退団し、飯伏プロレス研究所を設立。フリーランスとして活動したが、“迷走”と呼ばれた期間が続き、マスクをかぶってリングイン。体の特徴から正体がバレバレという一幕だって、私はくっきり覚えている。

 そんな悩める天才の転機が19年4月の新日への再入団だった。「自分の最後の場所として、ここを選びました。死ぬまで。終わるまで」と生涯契約を結んだことを明言。3年前のインタビューで米トップ団体・WWEからの誘いについて聞いた際、「普通に契約をしてほしいと言われたけど、断りました。(すでに超人気の)中邑真輔さんがいるから、もう自分はいいやという感じ」と明かしていた人気者は、DDT時代からの盟友で屈指の名タッグチーム「ゴールデン☆ラヴァーズ」を組んできたケニー・オメガ(37)が設立したAEWへの億単位の契約金でのオファーも断っている。

 すべては「プロレス界全体のプロモーションをしていきたい。日本のプロレス界の歴史を変えていきたいと思っています」という熱い思いから。バラエティー番組で無防備な素顔をさらしたのも、路上プロレスで全身に花火を浴びて話題となったのも、すべては「僕を入り口にしてプロレスに触れてくれればいい」という狙いからだった。

 キックボクシングの大会でも優勝した強烈なヒザ蹴り・カミゴェは「神超え」という言葉から名付けられた。飯伏が「自分にとっての2人の神」と言う棚橋弘至(44)は以前から「飯伏がいれば、これからのプロレス界はずっと安泰」と評価。中邑も「飯伏は今までいなかった、ちょっと特別な存在」と口にした。昨年のG1で史上3人目の連覇を飾った際には”ミスターG1“蝶野正洋(57)が「これからのプロレス界を背負うのは飯伏」と断言した。

 ただし、時間は永遠ではない。子供の頃から「頭の中で想像できる動きは全て実際に再現できた」という生来の運動神経を生かしたアスリート系レスラーとしての旬の時間も決して永遠ではない―。この3年間、私は何度、飯伏の口から「僕も年齢が年齢ですから、もう逃げられない。僕には時間がないんです」という言葉を聞いたことか。

 そして、時間との勝負の中、絶頂も挫折も味わった38歳の天才児が東京ドームの大舞台で、ついにたどり着いたプロレス界の頂点。セルリアンブルーのリングのど真ん中で、飯伏は心のままに、こう叫んだ。

 「僕は1人でもファンの方がいるのであれば、プロレスを見たいという人が1人でもいるなら、どこでもタイトルマッチをやります。どこでも、なんでも、大丈夫です。もっと、もっと、プロレスを広めていきたい。2021年は飯伏幸太の年にしたいし、僕だけじゃなくて、プロレス界全体を盛り上げていきたい。そう思います」―。

 その言葉も、表情も、それを包んだファンの拍手の渦も。東京ドームの2日間で起こった、すべてを私は忘れない。そして、これからも「ゴールデン☆スター」の命がけの戦いを追いかけていく。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆飯伏幸太(いぶし・こうた) 1982年5月21日、鹿児島・姶良(あいら)市生まれ。38歳。キックボクシングや新空手を習得し2004年7月、DDT東京・後楽園ホール大会でのKUDO戦でレスラーデビュー。09年からは新日本プロレスに参戦。ケニー・オメガとのタッグチーム「ゴールデン☆ラヴァーズ」で活躍。11年にはIWGPジュニアヘビー級王座を奪取。13年、DDTと新日のダブル所属を発表。15年にはAJスタイルズの持つIWGPヘビー級王座に挑戦するなどエース格に成長も16年2月、両団体からの退団を発表。個人事務所・飯伏プロレス研究所を設立。フリーランス選手として各団体のリングに立つ一方、路上プロレスなどの活動も。19年4月、新日への再入団を正式表明。同年の米ニューヨーク・マディソンスクエアガーデン大会で内藤哲也を下し、初めてIWGPインターコンチネンタル王座に就くも6月、内藤に敗れ陥落。同年の「G1クライマックス29」決勝でジェイ・ホワイトを下し、初優勝。20年決勝でもSANADAを下し、史上3人目の2連覇。1月4日の東京ドーム大会で内藤を破り、2冠を奪取した。愛称は「ゴールデン☆スター」。181センチ、92キロ。

「1・5」のメインイベントで2冠タイトルの初防衛を果たした飯伏幸太は観客席にマイクを突き上げアピール(カメラ・泉 貫太)
「1・4」のメインイベントで内藤哲也にカミゴェを炸裂させた飯伏幸太
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