箱根駅伝1区超スローペース 「最初の1キロは長く感じた」青学大エース吉田圭太が振り返った

スポーツ報知
1区、集団で走る各校の選手

 第97回箱根駅伝(2、3日)は驚きの展開で始まった。

 スタート直後、1区ランナーの21人は、けん制し合い、超スローペースになった。500メートルから600メートルは27秒を要した。1キロに換算すると4分30秒。「史上一番遅いのではないか」。日本テレビで解説した日本陸連長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダー(64)は驚きの声を上げた。

 箱根駅伝は101年前の1920年に第1回大会が行われた。大会初期の記録を調べると、約100年前の平地区間の記録は1キロ4分前後のペース。瀬古さんの言う通り、スタート直後のペースは史上最遅クラスだろう。

 ようやく約900メートル地点で東海大の塩沢稀夕(4年)が飛び出し、1キロを3分33秒で通過した。

 「最初の1キロは、ものすごく長く感じた。精神的に疲れた」

 青学大の1区を担ったエースの吉田圭太(4年)はレースから3日後の5日、しみじみと振り返った。

 学生トップクラスの実力を持つ吉田を1区に起用した青学大にとって、高速レースの方が有利になる可能性の方が大きかった。吉田は自ら先頭に立ってレースをリードするという選択肢もあったが、集団の中にとどまった。

 「2区に岸本、3区に神林がいれば、仕掛けられたかもしれないけど、2人ともいない。絶対に失敗だけはできない、と思った」と話した。

 前回覇者の青学大は大会前、まさかのアクシデントに見舞われた。前回2区で日本人1年生最高タイム(1時間7分3秒)で好走し、優勝の立役者となった岸本大紀(2年)は股関節痛から復帰途上のため、16人の登録メンバーから外れた。さらにチームの精神的支柱だった主将の神林勇太(4年)が年末の12月28日に右仙骨疲労骨折が判明し、欠場した。

 順調ならば2区と3区を走る予定だった2人のエース格がいない状況で、残されたエースの吉田は絶対に上位でタスキをつなぐことを最優先させた。

 1区は1キロ以降、ペースアップとペースダウンを繰り返し、19キロ手前でスパートを仕掛けた法大の鎌田航生(3年)が1時間3分で区間賞を獲得。吉田は18秒差の6位でタスキをつないだ。

 レースの流れを決める1区の選手にかかるプレッシャーは大きい。

 野球では先発投手が6回以上を自責点3以内に抑えるクオリティスタート(QS)という評価項目が定着した。箱根駅伝で言えば、1区ランナーは先頭から20秒以内でタスキをつなぐことがQSとされる。

 ランナーの汗が染み込む前から、タスキは重い。吉田は「長く感じた」という最初の1キロで様々なことに思いを巡らせ、確実にQSを成功させたのだと思う。

 2区、3区に岸本、神林を欠いたからこそ、1区の吉田が稼ぐべきだったのではないか―そんな意見があるかもしれないが、それは外野の声でしかない。

 チーム内では、難しい1区をしのいだエースを全員がたたえた。

 往路は12位と大敗を喫したが、復路は意地の優勝を果たし、総合4位。激闘を終えた後、青学大の選手たちは吉田を中心に「史上一番遅いペース」を笑顔で語り合っていた。(記者コラム・竹内 達朗)

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