北澤豪と100万人の仲間たち<2>「貧困地域や紛争地帯にサッカーボールを届けてきた20年」

スポーツ報知
世界各地にサッカーボールを届ける活動を20年も継続してきた北澤氏(中央)

 元サッカー日本代表、北澤豪氏(52)は波瀾万丈の競技人生を疾走し、現在は世界の子どもたちを支援する環境づくりを目指している。その軌跡とビジョンを、ノンフィクション作家の平山讓氏が独占取材。毎月10日と25日に公開し、長期連載する。

 引退後の北澤豪は、世界各地の貧困地域や紛争地帯を巡り、子どもたちにサッカーボールを届けてサッカー教室やサッカー大会を開催する活動を、もう20年間も続けてきた。

 大人たちが営む社会の様々な問題の前に、犠牲を強いられつつも為す術なく、ただ耐えるしかない子どもたち。

 たとえばそこには、貧困で食べ物を得られない飢餓がある。

 たとえばそこには、地雷で片脚を失う戦争がある。

 たとえばそこには、エイズウイルスで生命が脅かされる危険がある。

 「そんな子どもたちに、サッカーという世界共通の遊びを通して、ほんのひとときでもいいから、笑顔になってもらいたい。そう思えたんです」。国際協力機構(以下JICA)のオフィシャルサポーターとしての彼のそんな活動を、飽食で、平和で、安全なこの国に暮らす、たくさんの幸せな人々に伝え、世界の諸問題に触れてもらえる一助になればというのが、本連載の主旨だった。

 取材や執筆をすでに始めていた、そんな矢先だった。世界中に新型ウイルスが蔓延し、ほとんどの経済活動や文化活動が一斉に停止してしまったのは。

 あれだけ盛んだった国際交流も止まり、あたかも鎖国のような閉塞状態に世界各国が陥った。北澤豪の活動もむろん中断させられ、同時に本連載も企画自体が頓挫しかけた感もあった。

 誰もが自宅に閉じこもる緊急事宣言のさなか、一本の連絡が入った。それは、北澤豪のチーフマネージャーからだった。

 海外へ渡航することは、いまは適わない。けれども、都内の事務所で他の社員には出社をさせず、本人も自宅から一人誰にも接触しないように車で来させてソーシャルディスタンスを保ちながら、取材を再開できはしないかと。

 思いがけない申し出に、ふと考えた。

 コロナ禍だから、やめてしまうのではない。

 コロナ禍だからこそ、やる意義もあるのではなかろうかと。

 人は平穏無事なとき、他者が直面している真実に接したとしても、まるで他人事に思えて気にかけないでいられる。それがどこかの遠い見知らぬ国のことであればなおさらに。

 けれども、パンデミックにより感染の不安にさらされ、死の恐怖さえ身近に感じさせられている今なら、世界で起きているコロナ以外の諸問題に対しても、自分事に置き換えて気にかけられもするのではなかろうか。傷のない皮膚では何も感じられなくとも、傷のある皮膚でなら、誰かの痛々しい悲しみや、そこに沁(し)みわたってゆくような癒やされる喜びを、共感できるということもきっとある。

 最初の緊急事態宣言が明けてすぐ、まだ梅雨明け前の東京で、彼と対座した。

 2メートル以上離れた席で、互いにマスクはしているが、同じ時間に、同じ空間で、顔を合わせて肉眼で相手を見る。たったそれだけのことなのに、久しぶりに人と対面できたことは、あたかも戦地から生還して互いの無事を確かめあえたかのような安堵感があった。

 そして、これまで彼が経験してきたことや、ときには筆者が目にした場面におけるその時々の彼の内なる思いを、あらためて語ってもらう作業を再開させた。

 本連載は、北澤豪という、世界を股にかける「サッカー伝道師」の長年にわたる活動記録である。

 そして同時に、日本という見知らぬ国からやってきた、長い髪のサッカー選手と、ともに球蹴りをして遊んだ、100万人にものぼるサッカー少年少女たちの素描でもある。

 「彼らは、真新しいサッカーボールがいまここになくたって、紙か何かを丸めて裸足(はだし)で蹴って遊べてしまうんです。もし丸められる紙さえなくたって、ボールがあるつもりで、空想でエアサッカーをやり始められる逞(たくま)しさがあります。見えないボールを、パスして、トラップして、シュートして、ゴールに入ったとか、外れたとかいって、大騒ぎして、喜んだり、悔しがったり」

 私たちの他には誰もいない東京のオフィスの窓硝子を、しきりに雨粒が叩いている。だが、炎天下で見えないサッカーボールを蹴る真似をして遊んでいる子どもたちがすぐそこにいるかのように、彼は目を細めながら話した。

 「だから、彼らに渡したサッカーボールになんて、もしかしたら、たいした意味なんて、ないんじゃないのかなって…。逆に、彼らから教えてもらったことには、とても大きな意味があるんじゃないのかなって、僕は思っているんですよね」(敬称略)=続く=

 〇…北澤氏は年が明けても大忙しだ。1月9日は全国高校サッカー選手権の準決勝を日本テレビ系列で解説。10日は日本テレビの情報番組「シューイチ」、静岡第一テレビ「Dスポ」に“はしご出演”。16日には日本障がい者サッカー連盟の会長として同連盟主催の「インクルーシブフットボールフェスタ広島」(オンライン開催)に参加する。

 

 ◆平山讓(ひらやま・ゆずる) 1968年、東京生まれ。作家。ノンフィクションや実話を基にした物語を数多く手がける。主な著書は「ありがとう」(講談社/東映系にて全国ロードショー)、「ファイブ」(幻冬舎/NHKにてドラマ化)、「4アウト」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)、「中田翔 逃げない心 プロ野球選手という仕事」(主婦と生活社)など多数。

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