【川崎】中村憲剛の妻・加奈子さん観戦記…最後の試合終え帰宅した夫に思わず涙で「サッカーやめないで」

スポーツ報知
試合後、サポーターと優勝を喜ぶ川崎・中村憲剛(カメラ・宮崎 亮太)

◆サッカー天皇杯全日本選手権 ▽決勝 川崎1―0G大阪(1日・国立)

 川崎がG大阪を1―0で下し、初優勝を飾り、リーグとの2冠を達成した。後半10分にルーキーFW三笘薫(23)が、準決勝のJ3秋田戦に続く決勝点をマークする大仕事。この試合を最後に現役引退するMF中村憲剛(40)の花道を飾った。18年間の現役生活を終えた中村の妻、加奈子夫人(40)がスポーツ報知に観戦記を寄稿した。

 川崎フロンターレに関わる全ての皆様、悲願であった天皇杯優勝、本当におめでとうございます。また、このコロナ禍において、天皇杯開催にご尽力された全ての方に選手の家族として御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 思えば4年前、大阪での初めての天皇杯決勝。タイトルを取る瞬間を見届けたくて子供3人と遠征したのですが、前夜に長女が胃腸炎を発症してしまい、大みそかに大阪で救急病院にお世話になり、試合もホテルの部屋で見ることになりました。結果は1―2で鹿島に負け、「パパには心配をかけるから言わないで」と言う優しい長女の願いもむなしく熱にうなされながら応援したパパの優勝はかなうことはありませんでした。

 4年前は優勝の味を知らず、常勝軍団、鹿島アントラーズの壁は越えられそうで越えられない、どうしたらあの届きそうで届かないあちら側になれるんだろう。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、まだなんだと思って泣きました。長女の成長も感じながら、また大みそかでありながら、真摯(しんし)に対応していただいたホテルの方、お医者様の優しさもあって、大阪での思い出はほろ苦くも深く心に残っています。

 今年の元日、憲剛引退の日となる天皇杯決勝の対戦相手が大阪のチーム、ガンバ大阪ということで、4年前の記憶が緊張と共によみがえりました。高揚感と少しの寂しさを持って朝を迎え、子供たちと準備をしてかなり早くに国立競技場に到着しました。

 競技場までの道すがら、ありがたいことにたくさんの方に「今日が最後ですね」と声をかけていただきました。あぁ本当に今日が最後だなとしみじみするのは早いと思いながら、決戦が始まりました。4年前とは違う、きっと大丈夫と思う自分と、今まで何度も見てきた勝者の背中を見つめる愛すべき選手たちも想像してしまって。期待と不安、気持ちが行ったり来たりして落ち着きませんでした。

 正直、はっきり試合中のことは覚えていません。あまりにドキドキして時計を見たらまだ10分しか経過していなかったこと。次女に「おなかすいた」と買わされた、たこ焼きの味が緊張感もあってすごく後に残ったこと。三笘選手が待望のゴールを挙げた時に競技場の隙間からちょうど西日が差してきたこと。憲剛が選手としての役目を終えた瞬間を見届けたこと。断片的にですが、情景とともに記憶に深く刻み込みました。

 その時その時でベストの準備をしてきた憲剛を見続けてきた私としては、出られなかったことはもちろん悔しくもあります。ですが、最後に見た風景は紛れもなく憲剛が時間をかけて愛情を持って水をかけ続けた種が大木となった瞬間でした。5年前から少しずつ、大きく育ってほしいと願って切磋琢磨(せっさたくま)して一緒に成長させてもらった仲間たちに囲まれる憲剛を見て、この光景を見させてもらったこと、一生忘れることはないと思います。

 試合が終わり、家で憲剛を待ちながらどんな声をかけようかと思っていたのですが、帰宅した憲剛を見たら不覚にもぼろぼろと涙が出てきてしまいました。鬼木監督の采配やかけていただいた愛情にも100%納得していたはずなのに、驚いていた憲剛を見て出た言葉は「サッカーやめないで」でした。憲剛がボールを蹴る姿を心から見たいと、よりによって引退の日に思ってしまいました。どこでもいい、ただ彼が楽しくサッカーをやってるところが見たいと伝えたら、笑って、「大丈夫だよ、それはやめないよ」と言われました。

 プロサッカー選手、中村憲剛としては幕引きですが、サッカー小僧、中村憲剛はきっとまたどこかでボールを蹴り続けると思います。背負ってきたものを頼もしい後輩に託して、ただただサッカーを楽しむ憲剛を見てみたい自分がいます。純粋にサッカーを楽しんで、たくさんいろんなものをインプットして、お世話になったたくさんの方に恩返しができるように。たくさんの子供たちの才能の種に水をかけてあげられるように。時に叱咤(しった)激励しながら笑顔を絶やさず共に生きていきたいと思います。きっと私たちが見せてもらった光景にはさらにその上があると剛(つよ)く信じています。長い間、応援頂き本当にありがとうございました。(中村 加奈子)

 【取材後記】

 加奈子夫人は想像より斜め上をいく。

 憲剛が天皇杯決勝に出場しなかったこともあり、試合後、加奈子夫人に観戦記をやめてもいい旨を伝えると「一度、お引き受けしたお話なのでキャンセルしなくていいですよ」と返ってきた。ありがたかった。と同時に、試合後すがすがしいインタビューを残した憲剛の姿を思い出した。

 観戦記や手記は記者が話を聞いてまとめることがあるが、今回は違った。2日朝、取材のタイミングを相談しようとすると、加奈子夫人自ら書くという。また驚いた。「話すと感情の整理がうまくつかなくて、支離滅裂になりそうな気がするので」。私は話を聞いている最中に泣いてしまい、仕事にならない可能性もあったので少しホッとした。

 その考えは甘かった。届いた原稿を読んでいると、涙がこみ上げてきた。会社にいたので懸命に我慢した。4年前の吹田スタジアムは鮮明に覚えている。中大サッカー部の主将とマネジャーが結ばれた中村家の元日夜を想像し、最良の理解者が最愛の夫にかけた言葉にまた涙腺が緩んだ。

 加奈子夫人はこの観戦記を1時間で書き上げたそうだ。1700文字以上。2人にとってとても大切な楽曲へのオマージュも含まれている。本人は謙遜するが、驚きの才能。「書くことでだいぶん整理がついた」。そう言ってくれた加奈子夫人には感謝しかない。(08年~10年川崎担当・羽田 智之)

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