明大最後の優勝ランナー91歳の夏苅晴良さん「力いっぱい走ってほしい」未曽有の箱根駅伝に臨む後輩に“冬の喝采”

戦後直後の大学駅伝界をリードした明大。前列左から2人目のナンバーカード54が田中久夫さん、後列左から2人目のナンバーカード65が夏苅晴良さん(夏苅さん提供)
戦後直後の大学駅伝界をリードした明大。前列左から2人目のナンバーカード54が田中久夫さん、後列左から2人目のナンバーカード65が夏苅晴良さん(夏苅さん提供)

 年が明け、いよいよ第97回箱根駅伝(2、3日)の号砲が迫った。

 大会を主催する関東学生陸上競技連盟は新型コロナウイルス感染防止対策として、駅伝ファンに「観戦や応援目的での外出はお控えください」というメッセージを発信している。未曽有の箱根駅伝を前にして、明大の「レジェンドOB」夏苅(旧姓・久保)晴良さん(91)は、コースからわずか100メートルにある神奈川・二宮町の自宅で静かにスタートを待っている。

 今大会、明大は優勝候補の一角に挙がる。全日本大学駅伝(昨年11月)は3位。今大会の登録メンバー16人のうち上位10人の1万メートル平均タイム(28分31秒78)は21チーム中2番目と勢いに乗っており、72年ぶりの優勝は決して不可能ではない。いや、現実味を帯びている。

 明大は大会歴代6位の7度の優勝を誇るが、最後の栄冠は1949年の第25回大会までさかのぼる。

 72年前、明大の4区を駆け抜け、優勝に貢献した夏苅さんは今、自身が激走した4区コースの国道一号線から100メートルしか離れていない自宅で後輩たちの健闘を見守っている。「毎年、沿道で応援しています。今年も沿道で応援したいけど、控えます。テレビの前で明大の旗を振って応援します」と柔和な口ぶりで話す。

 夏苅さんは1929年、足柄下郡下中村(現小田原市)で生まれ、戦中、戦後の混乱期に青春時代を過ごした。

 「16歳で終戦を迎えました。戦時中は走ったり、勉強したりするより勤労奉仕の時間が長かった。だから、戦争が終わって思い切り走れることはうれしかった」

 幼少時から間近で箱根駅伝を見て育った晴良少年は、走ることが好きで、そして、得意だった。平塚農業学校時代の1946年夏、神奈川県大会5000メートルを18分6秒で圧勝。その後、関東大会も制した。ただ、当時、全国大会はまだ、なかったという。だが「平塚に久保(旧姓)あり」とその名は知れ渡り、多くの大学に勧誘された。特に熱心だったのが日大だったという。

 「進路は迷いましたが、戦後復活大会(1947年)で優勝した明大にあこがれ、進学を決めました。ただ、日大の方からいただいた勧誘の手紙は今でも大事に取ってあります」

 昭和1桁生まれは義理堅い。

 1947年の戦後復活大会の明大の優勝記録は14時間42分48秒。コースは異なるが、昨年、青学大がマークした10時間45分23秒の大会記録より4時間近く遅れている計算になる。また、中断前の最後の大会だった1943年の日大の優勝記録(13時間45分5秒)よりも約1時間も遅い。厳しい食料事情が原因の一つだった。

 「(東京・世田谷の)八幡山グラウンドで捕まえた蛇を皮はいで、焼いて食べていた仲間もいた。ウチは農家だったからましな方でした。私が家から持ってきたサツマイモをみんなで分け合って食べたもんです。いつも腹が減っていたから20キロの練習なんてできない。せいぜい10キロ。だから、箱根駅伝本番の20キロは長かったなあ」

 1948年大会は1年生ながら4区に抜てきされた。明大は連覇が有力視されていたが、3区の田中久夫さんの区間最下位(12位)の大ブレーキが響き、3位に終わった。雪辱を誓った翌49年大会。田中さん、夏苅さんは再び3、4区を担った。田中さんは区間賞の快走で見事に前年の借りを返した。夏苅さんも2年連続で区間2位と力走。結局、明大は1区で島村和男さんが区間賞した後、一度もトップを譲らず、完全優勝。2年ぶりに箱根王座を奪回し、7度目の優勝を飾った。当時、早大と並び、最多優勝。しかし、これが現時点で明大の最後の栄冠となっている。

 実は、明大の72年前の優勝には、もうひとつの隠されたドラマがあった。

 早大時代、箱根駅伝に2度出場した小説家の黒木亮さん(63)=本名・金山雅之さん=が描いた自伝的小説の「冬の喝采」は駅伝ファンの間で名作として知られる。作品に登場する黒木さんの実父の田中久夫さんこそ、夏苅さんとタスキをつないだ3区の選手だった。昨年2月、新型コロナウイルスが感染大爆発する直前、夏苅さんと黒木は対面した。お二人の快諾を頂き、私も同席した。

 田中久夫さんのことを夏苅さんは「田中先輩」と呼び、黒木さんは「田中さん」と呼んだ。「田中さんはどんな人でしたか?」と黒木さんが問いかけると、夏苅さんは柔らかな笑みを見せながら答えた。

 「田中先輩はいい男だった。色白で二枚目で。おっとりとして優しい先輩だった。それでいて、もちろん、強かった」

 箱根駅伝での2度のタスキリレーも話題に上った。

 田中さんは戦後復活1回目となった1947年の箱根駅伝から4年連続で出場した名ランナー。特に1947年大会では10区を走り、戦後最初の優勝のゴールテープを切った。しかし、1948年大会では3区で大ブレーキに。平塚中継所で待っていた夏苅さんは語った。

 「今と違って、当時は正確な情報がほとんどなかった。3、4位で来るはずが、一向に来ない。どうやら田中先輩が歩いているらしい、と。やっと見えたけど、なかなか平塚中継所にたどりつかなかった」

 ハイライトは2度目のタスキリレーだった。翌1949年大会。再び田中さんが3区、夏苅さんが4区を担った。

 「この年の田中さんはすごかった。区間賞ですよ。前年より約35分も速いですから。普段はおっとりしているのに、鬼の形相で、トップで中継所に飛び込んできた。私も奮い立ちましたよ。あぁ、懐かしい」

 夏苅さんは語りながら熱い涙を流した。黒木さんは夏苅さんの言葉に耳を傾けていた。「田中さんがどんな人だったか、知ることができて良かった」と静かに話した。

 夏苅さんは、この日のために箱根駅伝通の妻・美恵さんと一緒にアルバムや資料を整理して黒木さんを待っていた。アルバムの中には平塚中継所で田中さんと夏苅さんがタスキをつなぐ写真があった。「こちらが田中さんですか…」と、つぶやいた黒木さんはデジタルカメラでセピア色の一枚を丁寧に複写した。

 田中さんや夏苅さんが紫紺のタスキを懸命につないでから72年。今回、明大が勝てば大会史上最長ブランクとなる72年ぶりの優勝となる。100年を超える長い歴史を持つ箱根駅伝ならではの壮大なドラマ。ある意味、初優勝よりレアな優勝だ。他のスポーツ界でも珍しい長期間のブランク優勝となる(野球米大リーグでは2016年にカブスが1908年以来、108年ぶりにワールドシリーズ制覇。日本プロ野球では20007年に中日が1954年以来、53年ぶりに日本一になった例がある)。

 72年の年月は長い。田中さんはすでに亡くなった。夏苅さんによると、優勝メンバー10人のうち、夏苅さんを除く9人は鬼籍に入ったという。

 「私も間もなくお迎えが来るでしょう。箱根駅伝の白いコートを着て棺(ひつぎ)に入ろうと思っているんですよ。生きているうちに8度目の優勝を見たい。先に、あの世に行ってしまった仲間に我々以来となる優勝の話をしてあげたい」

 ただ、笑顔で話す夏苅さんは、すぐにこう続けた。

 「でもね、現役の諸君はそんなOBの思いとは関係なく、ただ、力いっぱい走ってほしい。だって、72年前、私たちもそうだったんだから」

 今大会の公式ポスターなどには「応援したいから、応援にいかない」と記され、主催の関東学生陸上競技連盟は「観戦や応援目的での外出はお控えください」と呼びかけている。72年前、熱狂的な応援を受けて力走し、故郷に錦を飾った夏苅さんは当時を思い出すと同時に今大会に臨む全選手にエールを送る。

 「私の学生の頃、神奈川出身の選手は優先して地元を走らせてもらえたものです。おおらかな時代でした。近所のおじさんは興奮しながらすぐそばを自転車で伴走してくれ、応援団はトラックの荷台に20人くらい乗り込んで耳元で励ましてくれた。道路には石灰やチョークで何か所も『久保晴良、ガンバレ』と大きく書かれていた。奮い立ちましたよ。今回、いつもような沿道の応援がないことは寂しいですが、選手を応援する気持ちは同じはずですから、選手は頑張ってほしいですね」

 夏苅さんの“冬の喝采”を受け、明大ランナーは走る。山本佑樹監督(43)は「ぜひ、夏苅さんに優勝を見ていただきたい」と誓う。明大の歴史的な挑戦がいよいよ始まる。(記者コラム・竹内 達朗)

 ◆夏苅 晴良(なつがり・はるよし)旧姓・久保(くぼ)。1929年7月2日、神奈川・足柄下郡下中村(現小田原市)生まれ。91歳。47年、平塚農業学校(現平塚農高)から明大に入学。箱根駅伝には2度出場。いずれも4区で区間2位。2年時の49年大会優勝に貢献した。卒業後、日本通運に入社。5年間勤めた後、電気機器メーカーのナツガリ電子を経営する夏苅家の長女・美恵さんと結婚し、婿入り。ナツガリ電子に入社し、その後、代表取締役を務めた。

 ◆1949年(昭和24年) プロ野球は1リーグ制最後のシーズンで巨人が戦後初優勝。10月に湯川秀樹氏が日本人初のノーベル賞を受賞し、11月に4コマ漫画「サザエさん」の連載が朝日新聞で開始。主なヒット曲は「銀座カンカン娘」「青い山脈」。1949年生まれの主な著名人は武田鉄矢(歌手)、ガッツ石松(ボクシング元WBC世界ライト級王者)、矢沢永吉(歌手)、村田兆治(元プロ野球選手)。

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