亜大・広瀬将、軟式で「日本一取りたい」強豪・ニッセイでプレー継続…東都大学L4年生進路

4年秋にリーグ戦デビューを果たして活躍した亜大・広瀬
4年秋にリーグ戦デビューを果たして活躍した亜大・広瀬

 東都大学リーグの4年生の進路が、ほぼ出そろった。亜大の広瀬将外野手は、今秋のリーグ戦で初のベンチ入りを果たすと、2度の出場でいずれも勝利打点をマーク。コロナ禍で春季リーグ戦が中止になり、4年生を積極起用するチーム方針も味方につけて8季ぶりの優勝に貢献した。卒業後は軟式野球の強豪・ニッセイ(愛知)でプレーを継続。大学で果たせなかった日本一を目指す。

 コロナ禍は大学球界にも容赦なく襲いかかった。今春は全国26連盟のうち、8月に開催した東京六大学以外の25連盟が中止に。秋季リーグは開催できたが、10月以降の感染再拡大で神宮大会も中止に。全日本大学選手権に続き、日本一を争う機会を失った。コロナに泣かされた1年の中で、広瀬は追い風に変えた。

 今秋の駒大2回戦で「6番・左翼」でリーグ戦初出場。この日がベンチ入りも初めてだったが、初回2死満塁で左中間に走者一掃の先制二塁打。国学院大2回戦では決勝犠飛で1―0勝ち。ともに相手左腕を打ち込み「コロナ期間に気持ちを切らさずにトレーニングしたおかげで、緊張する場面で自分の力以上のものが発揮できた」と胸を張った。

 3年までは古傷の右肘を2度手術するなど故障に泣かされた。4年春もキャンプ、オープン戦ともに2軍で「コロナがなければ、試合に出られなかった可能性が高いと思います」。それでも、自主練習で打撃が一気に力強くなり、精神面も鍛えられた。4年生を積極起用するチーム方針に、好調を見抜いた徳田紀之コーチ(42)の進言も後押し。ラストシーズンで手にしたチャンスをモノにした。

 「活躍できたのは(生田監督が)適材適所で起用してくれたおかげ。2試合だけでしたけど、使ってもらえただけでも本当にありがたいです。亜細亜は日本で一番厳しい大学といわれてますけど、日本で一番あったかい大学だと思います」。卒業後は硬式に区切りをつけ、軟式の強豪・ニッセイでプレー。「亜細亜で教わったことを生かして、日本一を取りたいですね」と目を輝かせた。(片岡 泰彦)

 ◆広瀬 将(ひろせ・まさる)1998年5月16日、岐阜・瑞穂市生まれ。22歳。県岐阜商では1年春から左翼のレギュラーで、2年春のセンバツは「2番・右翼」で1年先輩のエース・高橋純平(現ソフトバンク)らとともに8強入り。高校通算15本塁打。50メートル5秒8の俊足が武器。大学ではリーグ戦通算2試合で打率2割5分、0本塁打、4打点。174センチ、75キロ。右投右打。

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