スキマスイッチ・常田真太郎さん「これからも悔しがらせて」 ありがとう中村憲剛「14」の物語―2021年元日 川崎フロンターレを引退―(1)

現役を終えた中村憲剛とのエピソードを明かしたスキマスイッチの常田真太郎
現役を終えた中村憲剛とのエピソードを明かしたスキマスイッチの常田真太郎

 J1川崎フロンターレのMF中村憲剛(40)が2021年1月1日の天皇杯決勝で現役生活を終えた。03年の入団から、指導者、選手、ファン、サポーター、メディアに愛された18年だった。憲剛と関わった人たちに、それぞれの憲剛を語ってもらう連載を始めます。背番号にちなみ、全14回(金曜日更新予定)。第1回はスキマスイッチの常田真太郎さん(42)。05年の出会いから家族ぐるみの付き合いが続いており、友人として、時に兄のように、そしてライバルとして刺激し合っているエピソードを明かした。(取材・構成 羽田 智之)

 ■電話を切り「ずん」と重さ実感

 引退を聞いたのは昨年の9月末、電話でオフの話をしていた時でした。こういう時期(コロナ禍)なので「会えないよね」って話をしていたんです。そしたら、急に「でも、オレ、たぶん会えるんです」と言ってきた。「えっ、でもチームのルールとか厳しいじゃん」と返したら、「いや会えるんですよ。オフがオフなんです」と、訳が分からないことを言って、全然核心に触れないんです。「どういうこと?」と聞き直したら、「オレ、辞めるんですよ」って言うので、そこで慌ててLINEのテレビ電話に切り替えました。すべての人に対して、どのタイミングで伝えるのがいいのか考えていたらしいんですけど、僕と憲剛との関係性上、身内みたいなものだと思うので、改まってとかではなかったです。

 本当によく頑張ったよねって伝えました。その時のシチュエーションもありますけど、重々しい感じにしてはいけないと思って。そうか、そうかって受け止めました。でも、電話を切ったら、ずんときて。そうか、辞めるのかと。ただ、引退を言われる前にちょっと思っていたところもあったんです。今シーズンはなんとなく周りの選手に対して悔しさがあまり感じられなかった。たとえば、三笘薫選手もそうですけど、伸びてきた選手を「これからフロンターレを背負ってくれるんじゃないかな」とかサラッと言う。あれっと思いました。10年の南アフリカW杯で、なんでオレ試合に出られないんですかね、と毎日聞いてきた人。もちろん、治療中だったり、けがから復帰したばかりでしたが、自分が試合に出られないことを肯定して、冷静に分析して。リハビリ中に色々考え、達観したのかなと思っていました。今思うと辞めることを決めていたのか、と腑に落ちるんです。

 ■「この曲どう?」に的確な返し

 憲剛と知り合ったのは、憲剛の親戚の方が音楽業界にいたのがきっかけです。J1に上がって2年目でした。電話で紹介されて、すぐ、ご飯を食べようと約束して、家に来てくれたのが最初。ほとんど、サッカーの話ばかりしていますね。僕は、それこそ憲剛まではいかないですけど、海外サッカーもわりと追っていて、Jリーグもそれなりに見ていて。チーム以外でサッカーの話を出来る人というのが、彼はうれしかったようです。

  • 昨年12月21日、等々力陸上競技場での「中村憲剛選手 引退セレモニー」にかけつけた常田(左)と中村憲剛

    昨年12月21日、等々力陸上競技場での「中村憲剛選手 引退セレモニー」にかけつけた常田(左)と中村憲剛

 僕はプレーを見る時、こだわりがあるんです。トラップ、ポジショニング、それに弾道フェチなんです。ボールの挙動が好きで。どういう挙動のボールでパスをするかを見る。昔だったら、森勇介選手を走らせる対角パスとか好きでした。あと、憲剛はロングキックで、ストンと落ちるボールを蹴られる。普通は山なりになるんですけど、急に、ストンと落ちるんです。「スイー、ポトン」って言ってます。昨年の夏、あれまた見せてよと言いました。

 知り合った当初は、お互い子供がいなかったので、誕生日とかに集まったりして、その度に新しい選手を連れてきてくれました。伊藤宏樹、谷口博之、田坂祐介、小林悠が来て、みたいな。最初は夫婦同士でしたけど、うちに子供が生まれ、憲剛のとこにも生まれ、人が増えていき、家族みんなでいるみたいな感じです。奥さん同士、ご飯を食べに行き、僕らで子供を見たりしたこともあります。

 音楽についても話します。僕が憲剛に聞きます。「この曲どう?」って。「今回、すごくいいじゃないですか」とも言ってくれるし、逆に「この作品って、誰に届けたいんですか?」とかもあります。そう言われた作品は実際そんなに広がらなかったりする。「今も聞いていますよ」と言ってくれる曲は、皆さんも聞いてくださる。本当にリスナー代表の耳を持ってくれている。ヒントをもらったりもします。特にスポーツもののタイアップ曲だったら、「こういう時、どう思うの?」と普通にリサーチしたり。そういう曲は出来上がったら聞いてもらいます。

 ■友達、弟、そして「ライバル」

 憲剛のことをライバルだと勝手に言っています。友達だったり、弟みたいな感じだったりしますけど、身内みたいに近い存在だからこそ、ライバルと思っているのかもしれないです。いとこのライバルという感じですかね。06年ドイツW杯の日本代表戦を一緒に見ていて、「お前、ここに入ったらどうするの?」と聞いたら、「いやー、緊張して何もできないですかね」とか言っていた人が、その3か月後にオシムさんに招集された。すごくうれしかった。ただ、一緒に喜んでいる反面、オレは何をやっているんだろうとも思う。日本を楽しくしているのが、うらやましかったし、悔しかったです。憲剛は話題を提供しているんだ、と。10年南アフリカW杯のメンバーに入った時も、代表発表を一緒に見ていて、中村憲剛と呼ばれた時は「うおー」となって一緒に喜ぶ。でも、家に帰って、ニュースを見たら、アイツ本当にW杯に行くのかぁと。リスペクトと共に悔しい。

 僕から刺激を受けているとしたら、ライブだと思います。Jリーガーの皆さんがおっしゃるんですけど、自分がいなくても試合は出来るし、チームも勝てる。でも、スキマスイッチは2人のどちらかがいなくなったらライブもできないし、成立しない。サッカーだったら22人で4、5万人を集めてすごいなと思うんですけど、サッカー選手からミュージシャンを見たら、2人だけでたくさんの人を集めているというのが悔しいみたいです。ライブが終わった後、「今回マジすごかったです。良かったです。負けました」と言われたことがあって、ちょっとうれしくなります。

 憲剛のこと、皆さんはサッカー脳がすごいとか、知識がすごいとか言いますよね。もちろんそれもあるんですけど、僕がすごいと思うのは集中力。試合での集中力は日本一じゃないかなと思う。だから、能力を100出せる。集中力が減ってしまうと80しか出せなかったりする。そう思うのは、彼がいつも話している理想のプレーと、実際のプレーが結構同じなんです。判断の鈍りが本当にない。これ、ライブでも似ていて、集中出来ていないとミスをする。ライブに入り込めていると、急に思いついたプレーでもしっかり弾けたり、アドリブに強くなったりする。憲剛はそれが90分持つからすごい。

 ■LINE送信を取り消した夜

 けがをした時(中村憲剛は19年11月2日の広島戦で左膝前十字靭帯を損傷。翌20年8月29日の清水戦で約10か月ぶりに公式戦復帰し、J1歴代2位となる16年連続得点も記録した)は、リアルタイムで見られず、夜にDAZNで見ていたんです。いつも、試合を見ながら、思ったことをちょこちょこLINEして、憲剛から翌日にどばっと返信が来る。その日はキレキレで、それこそデュエル全部勝っているみたいな感じだったので、「ここまでキレキレだと怖いね」というのをハーフタイムに送ったんです。5通ぐらい送ったところで負傷。「あっ、やったこれ」と思いました。すぐ、送信を削除して。翌日、「どう?」って送り直しました。2日ほどたって「ダメでした」と返ってきて、「…」という感じでした。

 僕の知り合いにも、前十字靭帯をやった人は多く、宮市亮選手は、本人いわく不本意ながらけがに関してはスペシャリストだと。彼からどの時期が一番きついとかいう話を聞いていたので、そんな話をしました。動画を作るのが趣味なんですけど、共通の知り合いに連絡して、メッセージ動画を作りました。憲剛には内緒で加奈ちゃん(中村加奈子夫人)にもメッセージをもらって。19年12月、クリスマスの前ぐらいに渡しました。

 復帰戦(20年8月29日の清水戦)はもちろん観戦しました。復帰しそうというので、知り合いからなぜか僕のスマートフォンに2、30件LINEが来たんですよ。で、途中出場した時にさらに10件くらい来て、返さないといけないなと思って、写真とか撮っていたら、等々力の雰囲気がガラッと変わって。ゴール、見逃してしまったんです(笑)。でも、さすがです。6、70パーセントとかでなく「ちゃんと出来ている」という風に復帰したいと言っていて復帰戦でゴール。中村憲剛は中村憲剛だなと思いました。

 ■夢は川崎を勝たせ欧州で活躍

 これまで好きなプレーの画面を写真にとってLINEで送っていました。「ここで(周囲を見るために)首を振ったのが好きだね」、「このトラップ、いいね」など書いて。そうすると「これ何分ですか?」と返ってきたりして(笑)。こないだ、そういうのが無くなるんだね…という話をしましたね。やはりさみしい気持ちは隠せませんでした。

 憲剛はどういう形であれサッカーに関わっていく。それは間違いないです。次は指導者として、僕を悔しがらせるんだろうなと思いますし、期待しています。川崎を勝たせた後、欧州のクラブチームの監督として活躍する、が勝手に夢としてあります。で、その後キャリアの晩年また川崎に凱旋(がいせん)するとか。音楽業界って、たまにいらっしゃいますけど、引退がない分野。続けることが大事だと思っています。僕も負けないように頑張り続けないといけない。(ミュージシャン)

 ◆常田 真太郎(ときた・しんたろう)1978年2月25日、名古屋市生まれ。ボーカルの大橋卓弥(42)と1999年に結成した2人組音楽ユニット「スキマスイッチ」の鍵盤担当。2003年7月に「view」でデビュー。05年、「全力少年」でNHK紅白歌合戦に出場。音楽業界でも屈指のサッカー通。20年、DAZNの「ReStart:中村憲剛 帰還までの301日」ではナレーションにも挑戦した。

 ■憲剛にささげる「天才の種」配信中

 〇…常田真太郎×SHISHAMOが初めてコラボした中村憲剛にささげる楽曲「天才の種」が配信されている。常田真太郎と川崎のサポーターでもある「SHISHAMO」が初めてコラボし、昨年12月21日、等々力陸上競技場で開催された「中村憲剛選手 引退セレモニー」で披露された。作詞・編曲を常田、作曲を宮崎朝子(SHISHAMO)が担当。物語の始まりを感じさせるピアノから始まり、徐々にダイナミックになっていく曲で、憲剛の人生と重なるように制作され、新たな門出にふさわしい曲に仕上がっている。

 ◇Digital Single 常田真太郎(スキマスイッチ)×SHISHAMO「天才の種」https://umj.lnk.to/tensainotane

◇「KENGO Thanks VTR」川崎フロンターレオフィシャルYouTube https://youtu.be/n09HqlZYhEk

現役を終えた中村憲剛とのエピソードを明かしたスキマスイッチの常田真太郎
昨年12月21日、等々力陸上競技場での「中村憲剛選手 引退セレモニー」にかけつけた常田(左)と中村憲剛
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