【五輪の直】今年も師走に思う 五輪代表切符の重み

スポーツ報知
五輪代表を競い合った丸山城志郎(左)と阿部一二三

 師走に2年続けて、五輪代表切符の重みを改めて感じる場面を見届けた。12月13日。柔道男子66キロ級の代表決定戦が行われ、阿部一二三が丸山城志郎に勝利。新旧世界王者による意地のぶつかり合いは24分間に及ぶ死闘となった。会場の講道館を包んだ張り詰めた空気は、今でも鮮明に思い出される。ともにこの一戦に向け「人生を懸ける」と語っていたが、その言葉通り、両者の思いや努力が凝縮された時間だった。

 当初は4月に代表を決めるはずだったが、新型コロナ感染拡大で不透明な状況が続いた。新旧世界王者で極めて高い水準で実力が伯仲。五輪の1年延期やコロナ禍などさまざまな要因がなければ、日本柔道初のワンマッチ決定戦という形は取られなかっただろう。阿部は「やっと夢へのスタートラインに立てた」、丸山は「結果が全て」と振り返った。この先、二度とないかもしれない条件の中で戦い抜いた2人の涙には心揺さぶられるものがあった。

 1年前の12月12日。中国・鄭州で見た光景も忘れられない。卓球女子のシングルス2枠を巡る代表争い。1枠目を伊藤美誠が確実にし、残る1枠を石川佳純と平野美宇が激しく争っていた。直前まで平野がリードしていたが、石川が前週の北米OP決勝で直接対決に勝って逆転した。

 選考ポイントで10950の石川と平野の差はわずか135ポイントだった。卓球の選考レースは1年をかけて年間20大会前後、世界中を転戦する。その中で1勝差にも満たない僅差だった。最終戦のワールドツアー・グランドファイナルは両者とも同成績で、石川が3大会連続の出場を決めた。「やっと、日本選手同士で争わなくていい」。石川の涙ながらの言葉に、代表争いの過酷さを感じた。

 現在は五輪の開催の是非について、さまざまな見方がある状況だ。それでも、環境が整い、こうした選手たちの思いが報われる舞台が実現できることを願いたい。

 ◆林 直史(はやし・なおふみ)1984年8月22日、愛知県生まれ。36歳。明大から2007年入社。プロ野球、サッカーなどを経て17年から五輪競技担当。18年平昌五輪を取材。柔道、卓球、スピードスケートなどを担当。

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