【箱根への道】山梨学院大・オニエゴ、エース格に覚醒 来日当時高校生レベルも地道な努力で急成長

夏合宿が行われた長野・霧ケ峰の土トラックで走り込むオニエゴ(山梨学院大提供)
夏合宿が行われた長野・霧ケ峰の土トラックで走り込むオニエゴ(山梨学院大提供)

 前回の予選会で17位と大敗し、初出場から33年続いた出場が途切れた山梨学院大は急激な復活を遂げ、第97回箱根駅伝(来年1月2、3日)に返り咲く。今季のチームを象徴する選手がケニア人留学生のポール・オニエゴ(3年)だ。2年前に来日した当初、日本の高校県大会レベルの力しかなかったが、地道な努力を重ね、3年目に急成長。満を持して大一番に臨む。

 オツオリ、マヤカ、モグス…。歴戦の先輩に比べると、山梨学院大11人目のケニア人留学生は、心もとない日本デビューだった。18年4月29日、東海大長距離競技会5000メートルでオニエゴは14分36秒35を要した。日本の高校県大会レベルのタイムだった。「チーム内で半分より下の走力でしたね」と、当時コーチの飯島理彰監督(49)は振り返った。

 1年時は箱根駅伝予選会、本戦ともに出番なし。チームは本戦でワーストの21位に沈んだ。2年時の予選会でも出番なし。チームは17位と大敗し、初出場から33年続いた出場が途切れた。山梨学院大とオニエゴ。ともに背水の陣で迎えた今季、そろって急成長した。

 来日以来、結果が出ない時も地道な走り込みを続けてきた男が覚醒した。7月に1万メートルで28分30秒00の自己ベストをマーク。一躍、エース格となり、3年目にして予選会に初出場した。ハーフマラソンを1時間2分7秒の自己ベストで走破し、チームトップの全体19位。山梨学院大は7位で通過し、最短での箱根路返り咲きとなった。

 ルール上、外国人留学生は予選会、本戦ともに登録2人以内で出走1人まで。今大会では1万メートル自己ベストが28分8秒10でチームトップのボニフェス・ムルア(2年)は登録されず、オニエゴだけがメンバー入りした。「3位以内に入りたい。その目標のために4区を走りたい」と自信を持って明かした。

 学生3大駅伝デビュー戦となった全日本大学駅伝では、主要区間の7区で3位と好走。飯島監督は「努力を続ければ強くなるということは日本人もケニア人も同じということを改めて知りました。箱根駅伝でもケニアの先輩たちのように積極的な勢いのある走りを見せてほしい」と期待をかけた。

 経営学部で学びながら、日本語は「くもん」で勉強している。「今、日本語の語学力は小学2年生くらい。もっと上手に話せるように努力しています」と生真面目に話す。「日本に来てから初めて箱根駅伝を知りました。日本で最も有名なレースである箱根駅伝を走ることに幸せを感じています」。来日から2年と9か月。オニエゴは強くなり、タスキの重みを知った。

(竹内 達朗)

 ◆ポール・オニエゴ 1999年6月21日、ケニア・キシイ生まれ。21歳。12歳から陸上を始める。2018年にモゴンガ高から山梨学院大現代ビジネス学部(現経営学部)に入学。好きな食べ物は鶏肉、白米。趣味は読書。166センチ、51キロ。

 ◆山梨学院大 陸上競技部は1977年創部。85年に上田誠仁監督が就任し、本格的に強化。箱根駅伝は87年に初出場。優勝3回(92、94、95年)。出雲駅伝は優勝6回。全日本大学駅伝は最高2位(10回)。88年にケニア人留学生が初めて加わった。タスキの色はプルシアンブルー。長距離部員は選手65人、学生スタッフ1人。本拠地は山梨・甲府市。主な陸上部OBは初出場の87年大会で10区を走った漫画家の高橋しん氏、2018年アジア大会男子マラソン優勝の井上大仁(三菱重工)ら。

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