「Mr.ナックルボーラー」フィル・ニークロ氏死去 81歳 300回超え計4度のタフガイ

フィル・ニークロさん(1979年11月7日、米大リーグ・オールスター)
フィル・ニークロさん(1979年11月7日、米大リーグ・オールスター)

 史上最高のナックルボールの使い手として殿堂入りを果たしているフィル・ニークロさんが27日(日本時間28日)、癌との闘病の末に26日に死去したと、所属していたブレーブスが発表した。81歳だった。

  • フィル・ニークロさん(ロイター)
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 1959年、ブレーブスと契約しプロ入り。ナックルを武器にしていただけに評価されるまで時間がかかり、25歳になった1964年にメジャーデビューも、先発ローテーション入りは28歳となった1967年。しかし、そのナックルがゆえに故障知らずで48歳で引退するまで24シーズンプレー。うち19シーズンで200イニング以上を投げ、計4度の300イニング越えもマークしたタフな投手だった。

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 40歳を過ぎてなお121勝を挙げ通算成績は318勝274敗。オールスター戦選出5度。また、守備もうまくゴールドグラブ受賞も5度受賞した。

 1997年殿堂入り。1984年には背番号「35」はブレーブスの永久欠番に指定された。2006年に61歳で亡くなった弟のジョー・ニークロさんもナックルボーラーとして221勝を挙げた。

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 1979年のア・リーグ、ナ・リーグ対抗の「米米野球」でもナ・リーグの一員として来日。日本人打者をきりきり舞いさせた。

 ブレーブスは27日、「大きな悲しみに包まれている。いつも、クラブハウスに姿をみせ、OBの行事に参加し、ブレーブスの大きな一員だった」と追悼の声明を発表。マンフレッド・コミッショナーも「自慢のナックルボールとトレードマークの耐久力以上に、その温厚な人柄は人々の記憶に残るでしょう。ご遺族に心からお悔やみ申し上げます」と偲んだ。

 大リーグは4月に亡くなったアル・ケーラインを始め、今年はルー・ブロック、ホワイティ・フォード、ボブ・ギブソン、ジョー・モーガン、トム・シーバーらに次いで野球殿堂入り選手計7人が死去したことになる。

 

フィル・ニークロさん(1979年11月7日、米大リーグ・オールスター)
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