なかにし礼さんが死去…「北酒場」「石狩挽歌」「天使の誘惑」「今日でお別れ」など4000曲残す

なかにし礼さん
なかにし礼さん

 「北酒場」「石狩挽歌(ばんか)」などのヒット曲で知られ、直木賞作家の作詞家・なかにし礼(本名・中西禮三=なかにし・れいぞう)さんが23日午前4時24分、心筋梗塞(こうそく)のため、都内の病院で亡くなった。82歳だった。11月に体調を崩し、入院していた。故人の遺志により、葬儀・告別式は25日、家族葬で執り行った。後日お別れの会を開く予定。喪主は妻・中西由利子さん。

 昭和を代表する作詞家がまたひとり、天国へと旅立った。関係者によると、なかにしさんは11月に体調を崩して都内の病院に入院。同中旬頃から持病がある心臓の状態が悪化したため、集中治療室で治療を続けていた。コロナ禍のため、家族や親族も十分に面会ができない状態だった。22日夜に家族が呼ばれ、いったん持ち直したが、23日未明になって急変し、静かに息を引き取った。

 なかにしさんは1938年に旧満州に生まれ、終戦後に帰国。立大在学中からシャンソンの訳詞に取り組み、石原裕次郎さんの勧めで菅原洋一のヒット曲「知りたくないの」(65年)の訳詞をきっかけに作詞家になった。1960年代後半から80年代にかけ、黛ジュンの「天使の誘惑」、北原ミレイ「石狩挽歌」、細川たかしの「北酒場」など多くのヒット曲を出し、日本レコード大賞を3度受賞。手掛けた歌詞は約4000曲に上る。

 その後は作家活動に軸足を移し、2000年に「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞した。妻の由利子(元歌手・石田ゆり)さん、女優のいしだあゆみら4姉妹を描いた小説「てるてる坊主の照子さん」は、NHK連続テレビ小説「てるてる家族」(03年)の原作になった。クラシックにも造詣が深く、オペラ「静と義経」では台本や演出を担当し、ミュージカルの作詞も手掛けた。

 近年は病との闘いだった。12年に食道がんを告白。15年に食道につながるリンパ節にがんが再発、手術を受けた。16年にはペースメーカーを埋め込む手術を受け、闘病を続けながら精力的に著書を執筆していた。葬儀・告別式はこの日、家族葬で執り行われた。お別れの会は執り行う予定だが、新型コロナの感染状況を見極めて検討する。

 ◆なかにし 礼(なかにし・れい)本名・中西禮三。1938年9月2日、中国黒竜江省牡丹江市生まれ。63年に学生結婚し、68年離婚。71年由利子さんと結婚、1男1女をもうけた。「天使の誘惑」「今日でお別れ」「北酒場」で日本レコード大賞。2001年11月から14年3月までテレビ朝日系「ワイド!スクランブル」にコメンテーターとしてレギュラー出演。日本音楽著作権協会(JASRAC)の理事長などを務めた。

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