【箱根への道】国学院大・臼井健太、4年目で急成長「奇跡の男」が恩返し走

のぼりの前でポーズをとる国学院大の前田監督(左)と臼井健太(カメラ・橘田 あかり)
のぼりの前でポーズをとる国学院大の前田監督(左)と臼井健太(カメラ・橘田 あかり)

 昨季、大学駅伝界で抜群の存在感を発揮した国学院大は第97回箱根駅伝(来年1月2、3日)で2年連続の3位を目指す。切り札として期待されるのが、4年目にして急成長した臼井健太だ。昨季は左膝の故障が長引き、一時期はチームを離脱。退部を考えるほど苦しんだが、最終学年に復活。前田康弘監督(42)は「奇跡の男」と呼び、往路の主要区間での活躍を期待する。

 1年前。国学院大は最終10区で4校による激烈な3位を争いを制し、チーム史上最高成績を勝ち取った。「主将の土方英和さん(現ホンダ)を中心に3位を目標に掲げて、実際に達成した。本当にすごい、と思った」。臼井は快挙を成し遂げたチームメートを尊敬すると同時に遠く感じた。それは昨季、チームを離脱していたことが理由だった。

 鳥取城北高から鳴り物入りで入学。1年時の全日本5区9位で早くも学生駅伝デビューを果たし、箱根では6区に出場(19位)。2年時も全日本で1区を担った。しかし、レース途中で左膝が痛み出し、翌日は歩くだけでも痛かった。

 その時から長いトンネルに入った。「財布が診察券でパンパンになるほど多くの病院に行ったけど、治らなかった」。3年に進級する前に手術をしたが、焦って早く練習を始めてしまい、再び故障した。「陸上部の選手寮で生活しているのに一歩も走れない。元気に走っているチームメートを見ていると精神的に限界になり、実家に帰してもらいました。3年生の4月から6月は引きこもって、このまま退部かな、と考えた」と苦しい日々を振り返った。

 失意の臼井を救ったのは前田監督の熱い言葉だった。「寮に戻ってこい。みんな待っている」

 3年の夏、ようやく故障が治り、練習を再開。前回の箱根では16人の登録メンバー入りしたが、出番はなし。消化不良のまま3年目のシーズンを終えた。

 いよいよ迎えた最終学年。新チームの主将は3年の木付琳が就任した。「4年生みんな、感じることがあった。僕は競技でチームを引っ張るしかないと覚悟を決めた」ときっぱり。故障防止策としては「いい意味でトレーナーさんに頼る。これまで自分の感覚で練習していた結果、無理をして故障することが多かったので、トレーナーさんの客観的な判断を重視しました」と話した。

 心身ともに充実した4年目は急成長。丸2年ぶりの駅伝となった全日本では主要区間の2区で6位と健闘した。「臼井は奇跡の男。往路を任せたい」と前田監督は大きな期待を寄せる。「自分だけでは戻ってくることはできなかった。最後の箱根駅伝では奇跡の走りをして、恩返しをしたい」。臼井は確固たる決意を明かした。(竹内 達朗)

 ◆臼井 健太(うすい・けんた)1999年1月22日、鳥取市生まれ。21歳。青谷中1年から陸上を始める。鳥取城北高2年時に全国高校駅伝1区55位、3年時に同2区10位。2017年に国学院大人間開発学部に入学。来春の卒業後は実業団のマツダで競技を続ける。172センチ、55キロ。

 ◆国学院大 陸上部創部の正確な記録はなく、1928年に関東学生対校出場の記録が残る。箱根駅伝には2001年に初出場。最高成績は前回の3位。昨季は出雲駅伝で学生3大駅伝初優勝。全日本大学駅伝の最高成績は6位(18年)。タスキの色は赤紫に黒の縁取り。長距離部員は選手54人、学生スタッフ4人。主なOBは11年大会のアンカーでゴール直前にコースを間違えながら初シード獲得に貢献した寺田夏生(JR東日本)。

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請