北澤豪と100万人の仲間たち<1>「コロナ禍でもリモートでサッカーレッスン」

スポーツ報知
新型ウイルス蔓延以前、サッカー教室で子どもたちに楽しく指導する北澤豪氏

 元サッカー日本代表、北澤豪氏(52)は波瀾万丈の競技人生を疾走し、現在は世界の子どもたちを支援する環境づくりを目指している。その軌跡とビジョンを、ノンフィクション作家の平山讓氏が独占取材。毎月10日と25日に公開し、長期連載する。

 7月が終ろうとしているのに雨は降りやまない。都内のオフィスビルの窓からは、重たげな鈍色の雨雲が塞いでいる四角い空が少しだけ見えた。

 この日は彼との久しぶりの対面だったが、「よく降るね」などという長梅雨の暢気(のんき)な挨拶にはならなかった。

 「お元気でしたか」

 部屋に入ってくるなり、彼はそう言った。平常時にはたんなる挨拶にしか聞こえないだろうそんな言葉が、新型コロナウイルス蔓延による7週間に及んだ緊急事態宣言明けのいまは、実感の込められた心からのいたわりに思えた。

 「マスク、つけたままでいいですか」

 彼は自身の口許(くちもと)を指差した。濃紺のスーツ姿で、顔には同色のマスクをしていた。サッカーファンならマスクで顔を覆っていても、彼が誰か認識できるかもしれない。

 北澤豪。

 元日本代表選手である彼は現在、日本サッカー協会理事と日本障がい者サッカー連盟会長とを兼務しつつ、ジュニア向けサッカースクール「FOOT」を主宰している。

 「マスクをしていると表情がわからないからか、サッカースクールでいつも会っていたはずの子どもたちに怖がられてしまうんです。できることなら子どもたちのためにマスクなんかしたくない。だけどマスクをつけていないことで、逆に感染対策ができていないのではないかと不安にさせてもいけないから、サッカー教室のときにもあえてマスクはつけているんです。いまもつけたままお話しましょうか」

 緊急事態宣言時に彼は、家族以外とはほとんど会っていなかったという。それでもただじっと無為に過ごしていたわけではないところが、いかにも彼らしい。家庭菜園や日曜大工では飽きたりず、現役のサッカー選手がパーソナルトレーナーとともにリモートで行っている苛烈なトレーニングに参加してみた。

 「コロナ禍でも何かできることがあるんじゃないかといつも探していました。リモートでのトレーニングに興味があってやってみたんですけど、30分だけでもヘトヘトになるくらいハードでした。リモートでもトレーニングが充分にできるんだなと、身をもって理解できました」

 「充分にできる」というのは、サッカースクール「FOOT」でのレッスンのことだ。家々に閉じこめられたようになっていた大勢の子どもたちと、緊急事態宣言中もリモートでつながることができた。

 「小学校などが休校になって、まったく外に出られなくなってしまった子どもたちが、体を動かせずに肥満や精神的な疾病が問題化し始めていたんです。子どもにとってスポーツがいかに大切かは言うまでもないんですけど、学校も家庭も、スポーツのことなんて考えられる余裕がないんでしょうね。だったら僕が子どもたちとつながって、画面を通じてですけれど、サッカーをすればいいじゃないかって。多いクラスでは50名ほどの子どもたちを一つの画面で見てレッスンをしたんです」

 コロナ禍でも、リモートでのトレーニングに、リモートでのレッスン。自身の肉体を鍛錬しつつ、屋内に隔離されることになってしまった社会的弱者である子どもたちに目を向け、やはりサッカーで問題解決へと動く。かつて現役時代に「ダイナモ(発電機)」と称されたほどの活力は、引退から18年経たいまも健在だ。

 「普段のレッスンだと、幼稚園児や小学校低学年生までは集中力が続かず、どうしても遊びだしてしまうんです。それが画面を通してだと、子どもたち一人ひとりをクローズアップしてじっくり見られるし、子どもたちも見られているという意識があります。だから、与えられたメニューを一生懸命にやってくれるんです。2か月も続けてみると、技術的にみんな、かなり伸びたんですよ」

 さらに彼の発想は、サッカーのみならず、これから否応なく新時代へと巣立つことになる子どもたちの教育全般にまで及ぶ。

 「リモートレッスンの最後には、子どもたちが発言する機会を必ず設けているんです。感想とか課題を、パソコンやスマートフォンのカメラに向かってみんなに話してもらいます。これからの時代、子どもの頃からオンラインに慣れていたほうがいいでしょ。コロナ禍以前は学校の授業にしてもデジタル化がなかなか進みませんでしたよね。でもリモートレッスンをやってみて思うのは、これも充分対面教育じゃないかと。コロナ以後は間違いなく教育でもデジタル化が加速しますよ」

 コロナウイルス蔓延というネガティブな事象に見舞われようとも、そこからポジティブな要素を、たとえわずかばかりであったとしても見出して前進してゆく。これも彼の優れた資質の一つといえる。それは、先天的な陽気で前向きな性格にもよるのだろうし、もしくは、本稿で後述する波瀾万丈のサッカー人生において、挫折と再起とを繰り返してきた際の後天的な価値ある経験にもよるのだろう。(敬称略)=続く=

 〇…北澤氏は年末もフル稼働している。12月20日は自身が会長を務める日本障がい者サッカー連盟による「JIFFインクルーシブフットボールフェスタ2020」をオンラインで開催。障がい者と健常者の心のバリアを取り除く目的のイベントに注力した。解説者としても全日本U-12選手権(12月26~29日)や全国高校選手権(12月31日~1月11日)を日本テレビはじめ民放各局で解説する予定だ。

 ◆北澤豪(きたざわ・つよし) 1968年8月10日、東京生まれ。52歳。中学時代は読売ジュニアユースに所属。修徳高では全国高校選手権に出場した。87年、本田技研に入社。91年、日本代表デビュー。同年に読売クラブ移籍。93年のJリーグ開幕後、三浦知良、ラモス瑠偉らとV川崎の黄金期を築く。02年の引退までJ1通算265試合41得点。国際Aマッチは通算58試合3得点。現在は解説者のほか、サッカースクール主宰、日本サッカー協会理事、国際協力機構オフィシャルサポーター、日本障がい者サッカー連盟会長など多方面で活躍している。

 ◆平山讓(ひらやま・ゆずる) 1968年、東京生まれ。作家。ノンフィクションや実話を基にした物語を数多く手がける。主な著書は「ありがとう」(講談社/東映系にて全国ロードショー)、「ファイブ」(幻冬舎/NHKにてドラマ化)、「4アウト」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)、「中田翔 逃げない心 プロ野球選手という仕事」(主婦と生活社)など多数。

サッカー

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×