VAR導入に備えて…喜熨斗勝史氏コラム「Coach’s EYE」

スタジアムの大型画面に映し出されたVAR画面
スタジアムの大型画面に映し出されたVAR画面

 国内外のクラブでコーチとして、FW三浦知良のパーソナルコーチとしても経験豊富な喜熨斗(きのし)勝史氏のネット限定コラム「Coach’s EYE」。第9回のテーマは「VAR導入に備えて」。

 2020年12月19日、今年のJ1リーグが終了した。降格がないので、下位チームは現実的には消化試合。上位争いも川崎が断トツの強さを見せ優勝、前節で横浜Cに快勝したG大阪も2位をすでに決めている。全チームが34試合をこなし、多少の日程的な不公平さはあったのかもしれないが、Jリーグ、そして日本サッカーの組織力を世界に示すことができた。反面、降格がなかったことによって「スタイル構築の年」とか「若手を試す年」という文言が流行し、J1、J2共にチームによって勝敗にこだわる姿勢に温度差があったことは否めない。今年は、指揮官の交代が「記録的に少なかった」という報道を見ても、その傾向は明らかだ。J1昇格にかけていたチームやACL出場を目標にしていたチームにとって「勝たなくてもいい」という言葉には、歯がゆさしか感じなかったのではなかろうか。そんな今年を振り返って、海外でトップチームの育成指導を5年した経験から、あまり触れられていない来季のVARについて、話してみたい。

 VAR(Video Assistant Referee)。今年は「VARルームが密になる」という理由から導入が見送られた。しかし、海外の主要リーグでは、賛否両論はあるにしてもVARがスタンダードとなっている。私は、この点では、世界に後れを取ったと思っている。来季になれば分かるが、VARは試合に独特な雰囲気を醸し出す。得点の後、試合が一時ストップし、歓喜に包まれたスタジアムが一瞬にして失望の海と化す。VARは、今まで「人間の眼」でみていたサッカーの基準を変えたといってもいい。先日のACLで神戸が得点を取り消されたように、だれにも気付かれなかったポイントが指摘され、勝敗を分けることになるのだ。

 実はあの日、イングランド・プレミアリーグでもビッグゲームが行われていた。マンチェスターUVSマンチェスターCのダービーマッチ。流れるようなシティーの攻撃と矢のようなユナイテッドのカウンターが試合を盛り上げた。後半47分にはユナイテッドのFWラシュフォードがペナルティーエリアの中で鋭い切り返しを見せ、遅れてボールを突きに行ったシティーのSBウォーカーの足が、一瞬だけラシュフォードに当たってしまう。審判の判定はPK。シティーの選手たちが激しく抗議する中、VARによる検証が始まった。始めは、ウォーカーの足が僅かにラシュフォードに当たったところがクローズアップされ、シティーファンをがっかりさせた。しかし、次の瞬間、そのファールを受ける前のラシュフォードのポジションがオフサイドか否かの検証が始まった。試合中は副審もオンサイドでプレーを続行したシーンだ。結果はオフサイド。ワンプレー巻き戻してPKが取り消された。

 ここで注目すべきは、両チームの選手たちの反応だ。彼らはVARの画面を見ていないにも関わらず、淡々とプレーを続けた。それによって、落胆することも、歓喜することもなく。ただ、結果を受け入れて、質の高いプレーを続けた。すでに何シーズンもVARを戦って、そのルールも実績も分かっているという証だ。試合後の報道もVARの結果に触れるものはなく、プレー内容の評価がほとんど。結果は0―0のドローだったが、この試合のレベルの高さは、世界中のサッカーファンを唸らせたに違いない。

 前回のコラムにも書いたが、VARの導入は試合の結果ばかりでなく、指導現場にも影響する。今までは、一か八かの荒いタックルでボールを奪ってきた選手も、ペナルティーエリアの中では、「正しい」タックルが必要になる。だいたいこの辺り、といったディフェンスラインは、より一層シンクロしなければならず、いつ、どこまで、だれに合わせてラインをコントロールするのか、などの詳細な指導が必要になるだろう。選手たちの“サッカー頭”の良し悪しだけでなく、指導者の引き出しの多さとその質が、数センチ単位で問われることになるのだ。

 もう一つ、重要なのがメンタルのコントロール。いままで審判の判定は修正することができなかったが、これからは修正が可能になる。度々判定が覆ることによって、メンタルが大きく左右されてしまうようでは、VARには対応できない。マンチェスターダービーのように、何があっても「自分のプレー」に集中して勝利に向かわなければならない。判定の修正にカッとなって、必要のないカードをもらわないように、普段の練習からストレスコントロールを意識する必要があるだろう。ここも、指導者の引き出しがものを言うところだが、私自身、中国では、この指導が一番苦労したといっても過言ではない。

 そうはいっても、微妙な判定はサッカーの常。ただ、4チームが降格する来季のJ1は、間違った判断による降格や残留が起きる確率は減るはずだ。今年1年間で、いかに「勝ちにこだわる姿勢」を育成できたか。そこが勝負の分かれ目になるかもしれない。来年は、技術や戦術はもちろんだが、是非、もっと勝ちにこだわる姿勢を見せてほしい。勝ちにこだわりながら、選手を育て、チームを成長させていく。それがプロサッカーの難しさであり醍醐味でもある。この先、コロナ禍で過酷な環境がまだまだ続くかもしれないが、世界はマンチェスターダービーのような、熱く、質の高い試合を望んでいるのである。

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