浅香光代さん、波乱万丈人生に幕…女剣劇スター、ミッチー・サッチー騒動、隠し子告白 92歳すい臓がん

浅香光代さん
浅香光代さん

 剣劇女優の浅香光代(本名・北岡昭子=きたおか・しょうこ)さんが13日午前1時47分、すい臓がんのため、都内の病院で死去した。92歳だった。10月末にステージ4のすい臓がんが判明し、余命3か月と診断されたが、浅香さんには知らされていなかった。14歳で座長を務めた女剣劇の第一人者。野村沙知代さん(享年85)とのミッチー・サッチー熟女バトル、隠し子騒動など波乱万丈の人生だった。

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 女剣劇のスターで、「あたしゃ、許さないよ」など江戸っ子らしい軽妙な語り口で親しまれた浅香さんが天国へと旅立った。関係者によると10月中旬に軽い認知症で介護施設に入り、数日後に体調が悪化して検査したところ、ステージ4のすい臓がんで余命3か月と診断されたという。

 肝臓などへの転移も見付かったが、手術や抗がん剤治療が難しく、治療は痛みを和らげる緩和ケアに。認知症の症状もあり、病名は浅香さん自身に知らされず、痛みを訴えることもなかったという。1週間ほど前に容体が急変し、最期は長男・北岡一男氏、次男・北岡昭次氏と親族1人が病院に駆け付けたという。

 通夜は16日、葬儀は17日にいずれも東京・浅草の圓照寺で親族のみで行われ、喪主は一男氏が務める。最後の仕事は10月に受けたNHK BSプレミアム「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」のインタビュー(22日放送予定)だった。

 浅香さんは6歳から踊りと長唄を習い始め、14歳で座長となった。浅草松竹演芸場などに出演し、女剣劇のスターとなった。芸能界のご意見番としても活躍し、2010年には82歳にしてプロレスデビューするなど元気な姿を見せていた。

 阪神監督だった野村克也さん(享年84)の妻・野村沙知代さんとの「ミッチー・サッチー騒動」で時の人になった。98年に舞台で共演したが、翌99年、浅香さんが稽古場で沙知代さんの態度に怒りをぶちまけバトルが勃発。2002年に沙知代さんが浅香さんの「学歴詐称」発言に対し、名誉毀損(きそん)で訴えるなど法廷闘争に。神田うの(45)、渡部絵美(61)、細木数子さん(82)、十勝花子さん(享年70)らも巻き込む騒動となった。

 14年には「婦人公論」で20代で出会った大物政治家との間に2人の隠し子をもうけたことを告白。イベントで「元総理大臣ですか?」と聞かれ「そうです」と答えたが、後に「総理になるところだった人」と訂正。「アイムソーリーです」と謝罪した。同じ誕生日の長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督(84)の大ファンで自宅には長嶋氏とのツーショット写真を飾っていた。

 ◆ミッチー・サッチー騒動 浅香さん、沙知代さんは98年の舞台「ミッチーとサッチーのウルトラ熟女対決」で共演後、急速に関係が悪化。02年に沙知代さんが浅香さんの「学歴詐称」発言に対し、名誉毀損で1億1000万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。2人は03年7月に法廷で対峙(たいじ)。04年1月、東京地裁は浅香さんに110万円の支払いを命じた。

  • 舞台で共演した浅香光代さん(右)と野村沙知代さん。翌99年にバトルが勃発

    舞台で共演した浅香光代さん(右)と野村沙知代さん。翌99年にバトルが勃発

 ◆浅香 光代(あさか・みつよ)本名・北岡昭子。1928年2月20日、東京都生まれ。9歳で浅香新八郎、森静子に弟子入り。14歳で「浅香光代一座」の座長に。79年に「演劇舞踊・浅香流」を興し家元となる。64年に「駿河遊侠伝・破れ鉄火」(田中徳三監督)で映画に進出。2009年に旭日双光章を受章した。プライベートでは72年に吉田博士氏と結婚するも87年に死別。92年にコメディアンをしていた世志凡太さんと事実婚し、2人合わせて119歳婚と話題になった。

 ◆すい臓がん すい臓は胃の後部にある長さ15センチほどの臓器で、すい液と呼ばれる消化酵素を含む液体を分泌、それを消化管に送り込む役割がある。体の深部に位置しており、がんが発見しにくい。早期では症状がないことが多く、発見を遅らせる要因にもなっている。また、すい臓は血管、リンパ管とつがる管があるため、がんの転移が起こりやすい。

  • すい臓

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