【箱根への道】駒大・小林歩の粘りが2冠呼ぶ…全日本Vの常勝軍団支えるいぶし銀

大学生活最後の大会となる箱根での優勝を誓った駒大・小林歩(カメラ・泉 貫太)
大学生活最後の大会となる箱根での優勝を誓った駒大・小林歩(カメラ・泉 貫太)

 第97回箱根駅伝(来年1月2、3日)で唯一「2冠」を狙えるのが駒大だ。命運を握るのは小林歩(4年)。チームは1万メートルで今季日本人学生トップのエース田沢廉(2年)を筆頭に、上位10人の平均タイムは史上最速となる28分26秒81。11月の全日本大学駅伝でも6年ぶりの優勝を果たして学生3大駅伝単独最多22勝目を挙げた。小林が常勝軍団で担う役割はいぶし銀の走り。とことん粘って、粘って、粘り倒す覚悟だ。

 誰もがその走りに“だまされる”。レースでも練習でも、真っ先に苦しそうな表情になるのは小林だ。「きついんですよ、本当に」。1万メートル28分38秒75はチーム内で9番手だが、他大学ならトップでもおかしくない記録。前回の箱根7区5位の実力者は顔をゆがめてから本領発揮。粘りが身上のランナーだ。

 今季は5000メートルと1万メートルで自己記録を更新するなど、スピードを磨いた。距離が延びるほど力を増す選手に思われがちだが「本当はスピード練習の方が得意なんです。距離走はしょっちゅう離されてましたから…」。苦手を克服し、武器とするまでに成長。大八木弘明監督(62)も「小林は間違いなくエース格」と田沢やゴールデンルーキー・鈴木芽吹(めぶき)に並ぶ走力と評価する。

 2年時までは常勝軍団の練習量に耐えられず、ケガにも泣いた。「練習を単発ではこなせても、継続できなかった。線ではなく、点にしかならなかった」と振り返る。名将の下で走りたくて入学したものの、続くのはふがいない結果。「監督が期待してくれているのに、どうして自分は走れないんだろうって。声をかけてもらうのもつらかった」。走って恩を返したいと心に決めた孝行息子は体のケアにも注力。ケガ予防だけでなく疲労回復速度もアップした。余裕を持って練習をこなすと、3年目には3大駅伝フル出場を果たした。

 今季の駅伝初戦として迎えた伊勢路では、アンカー田沢へタスキをつなぐ7区(17・6キロ)に起用された。「はっきりと口にはしなかったけど、チームの合言葉は『1秒でも早く田沢へ』でした」。4位でタスキを受け、1キロ付近からすでに必死の形相。それでも2位の東海大とは2秒差の3位でつなぎ、逆転Vをお膳立てした。

 関西人らしいチームのムードメーカー。箱根の希望区間は「1区です」と言うが、持ち味が生きるのは単独走になりがちな往路後半以降になりそうだ。「4年生の時は優勝して終わりたい、と入学する時から思っていました。また1つ、殻を破って卒業したい」。苦しい。きつい。でも、力を振り絞る。見る者を熱い気持ちにさせる男が、藤色のタスキに強さを与える。(太田 涼)

 ◆小林 歩(こばやし・あゆむ)1998年8月15日、大阪・東大阪市生まれ。22歳。小学6年時にはバスケットボールに取り組むが、走るトレーニングでいつも1位だったため、玉川中から陸上を始める。関大北陽高から駒大へ。昨季の学生3大駅伝はフル出場し、出雲4区3位、全日本2区5位、箱根7区5位。自己記録は5000メートル13分43秒77、1万メートル28分38秒75。家族は両親と兄。好きな食べ物はグミとみかん。170センチ、55キロ。

 ◆駒大陸上部 1964年創部。箱根駅伝には67年に初出場。総合優勝6回。全日本大学駅伝は優勝13回、出雲駅伝は優勝3回。学生3大駅伝最多となる通算22勝を誇る。2015年からOBで男子マラソン元日本記録保持者の藤田敦史コーチ(44)がスタッフに加わった。長距離部員は選手46人、学生スタッフ11人。タスキ色は藤色。主なOBに東京五輪男子マラソン代表の中村匠吾(富士通)、同補欠の大塚祥平(九電工)ら。

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