“ズームイン!!朝!”の名物アナが野球本を書いた。「無名の開幕投手」滝良彦の軌跡

「無名の開幕投手」を出版した佐藤啓さん
「無名の開幕投手」を出版した佐藤啓さん

 1954年から3年間、パ・リーグのお荷物球団?として存在した高橋ユニオンズ(1955年はトンボユニオンズ)。そのユニオンズで最多の31勝(通算44勝)をマークしたのが滝良彦投手。中京テレビの佐藤啓(はじめ)さんが、母校・南山大学の前身でもある名古屋外国語専門学校(南山外国語専門学校)出身の滝さんの存在を知り、7年前から取材、調査を進め、桜山社から「無名の開幕投手」(2400円+税)を出版した。

  ×   ×   ×

 174センチ、64キロの細身でサイドスローだった滝さんは多彩な変化球をコーナーに投げ分ける右腕。愛知トヨタ時代は、軟式野球で活躍していた。1951年秋に毎日(現ロッテ)の入団テストを受け合格しプロ入りも2年間未勝利のまま新設球団の高橋に移籍。いきなり開幕投手に抜擢(相手投手は高卒新人の梶本隆夫だった)され、16勝をマークしました。チームが1957年3月に解散し大映に、そして翌年は大毎に移り1959年限りでユニホームを脱いだ。

 私も2014年のユニオンズOB会に出席させていただいた際に、お会いし「私が今、こうしていられるのも高橋球団あってのもの。本当に感謝している」。当時、旅館を借り上げての合宿所がベテラン選手のたまり場になっており、悪(あ)しき習慣に染まらないため「別のアパートに住み精進したんですよ」と懐かしそうに話してくれたことを思いだした。

 現在、中京テレビ編成局アナウンス部専任部長の佐藤さんは、かつて日本テレビ系の人気番組だった“ズームイン!!朝!”の名物アナとして、シーズン中はドラゴンズ情報を伝えていたスポーツアナウンサーでした。

 母校の先輩にプロ野球選手がいたことを知って興味を持ち、その上で滝さんがご健在で名古屋市内にお住まいだったことを確認。84歳となったご本人にお会いしてから親交を深めると共に「滝さんの足跡を残したい」と一念発起。資料集めに、病の床に就くようになった滝さんだけでなく関係者を取材。滝さんは2017年3月に87歳で亡くなりましたが、その後も取材を続け、出版にこぎつけた。

 佐藤さんの野球好きは小学生時代に近鉄に在籍していたクオルスと同じマンションに住んでいたことで彼の息子と仲良くなったことから始まったが、実は母方の祖父が戦前、都市対抗野球に2度出場した名手。また大叔父は第1回全国中等野球大会(現在の高校野球選手権)決勝でサヨナラのホームインした京都二中の選手だったという野球に縁の深い家系だった。

 この本の素晴らしいところの一つに、原稿に登場してくる当時の選手との通算対戦成績を掲載しているところ。たとえば、今年亡くなった野村克也さんは滝さんに13打数1安打という数字に右の横手投げを嫌っていた野村さんの特徴が見えてくる点だ。滝さんを中心にして当時の野球界を活写、それだけでなく日本の野球史を丹念に甦らせてくれている好著だ。

 蛭間 豊章(ベースボール・アナリスト)

 ◆お知らせ この「無名の開幕投手」を抽選の上、3人の読者にプレゼントします。詳細は12月15日付け、スポーツ報知に掲載します。

コラムでHo!とは?
 スポーツ報知のwebサイト限定コラムです。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請