主将に向かって「お前は誰だ?」木内幸男さんの言葉と“格闘”して成長した常総学院の選手たち

11月24日に肺がんで亡くなった木内幸男さん
11月24日に肺がんで亡くなった木内幸男さん

 「お前は誰だ?」―。自身が任命したはずの主将に尋ねる高校野球の監督がいた。発言の主は、取手二、常総学院で春夏の甲子園を3度優勝した名将で、11月24日に肺がんのため死去した木内幸男さん(享年89歳)だった。

 今春、03年夏の常総学院の甲子園優勝メンバーで、現在は同校の部長を務める松林康徳さん(35)を取材する機会があった。ある試合で、主将として作戦を確認した際に発せられたという。「お前は、そんな顔をしてたのか。プレースタイルは知っているけれど、顔は知らなかった」。木内さんが続けた言葉だった。

 12月2日に営まれた通夜の席。93年夏の甲子園で4強入りに貢献した日本ハム・金子誠1軍野手総合コーチ(45)も、同じような思い出を口にした。「名前は覚えてもらえませんでした。ただ、スイング、投げ方という個性で覚えてくれいたようです」

 木内さんが、本当に2人の顔や名前を知らなかったのか? その真偽とは別に、ひとつ確かなことがある。指導者として、フラットな目で選手を観察する姿勢だ。「私は、1年の時からケガが多かったんです。たまたま監督に試合に出ていいと言われてヒットが続いて…。常総でなければレギュラーにもなれていないし、キャプテンにもなっていません」と松林さんは感謝した。

 約55年間、教師になることはなく“職業監督”として高校野球に携わってきた。それでも、勝利だけを追い求めていた訳ではない。とことん選手に考えさせることで、野球を教育に結びつけていく。それが、木内さんのやり方だった。

 「あいさつをしなくていい。勉強もしなくていい。その代わり、俺が『ここで打て』と言って打ったら、それが一番いい選手。だから、打った奴を『努力した』と言う」。松林さんから聞いた木内語録の一つだ。

 過程はどうあれ、成績を残せばいい。教育的に問題のある内容にも聞こえるが、真意は別のところにあった。「仮にそうした場合、打つことに対して恐怖心が出てくる。だから練習はするし、あいさつもするし、日頃の態度も良くなる」。あえて強引な道順で到達点を示すことで、必要な努力を考えさせたのだ。

 突拍子もない発言の裏に何があるのか。松林さんも金子さんも、自然と考えを巡らせる習慣が身に付いたという。常総学院が初めて夏の甲子園に出場した87年、当時1年で準優勝に貢献した仁志敏久DeNA2軍監督(49)は「言われたことを忠実に実行するだけではだめ。高校生にしてはレベルの高い野球をしていた」と振り返った。木内さんの言葉と“格闘”することで磨かれた思考力は、教え子たちの一生の財産になっている。

(記者コラム・浜木 俊介)

コラムでHo!とは?
 スポーツ報知のwebサイト限定コラムです。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請