【巨人】高井俊を支えた家族愛…亡き祖父にも届けたかった支配下の夢 トライアウトでの吉報を待つ

スポーツ報知
トライアウトで登板した高井俊

 “巨人のトルネード右腕”が、今季限りでチームを去ることになった。16年育成ドラフト1位で入団した高井俊投手(25)。支配下登録を目指し4年間奮闘を続けたが、11月2日に戦力外通告を受けた。

 プロ野球選手としては異色の経歴を持つ。ダルビッシュ有(現カブス)らを輩出した宮城の名門・東北高出身。それでも卒業後は第一線から退いた。地元・新潟に戻って悠久山栄養調理専門学校に入学し、調理師免許を取得。野球は草野球やクラブチームなどで軟式の白球を追いかける程度だったというから驚いた。

 私は19年に巨人のファーム担当となり、3年目の高井と初めてあいさつを交わした。気さくな性格で、家族想い―。それが今も変わらぬ高井の印象だ。支配下へ向けての意気込みを聞くたび、両親や妹への感謝の思いを口にしていた。

 親のありがたさを実感したのは「体力的にも精神的にもきつかった」と話す高校時代。エリートが集う強豪校で、高井は苦しんだ。「野球以外のことで怒られて練習を外されたり、監督に『帰れ』って言われて本当に帰ったこともありました。『正直その方が楽だな』『草むしりしてる方が楽だな』って。寮を抜け出したりして、学校から(親が)呼び出されることもあった。でも、次の日に仕事があっても日帰りで新潟から仙台まで来てくれたんです」と当時を振り返る。

 つらく厳しい環境に耐えきれず、両親に何度も電話をかけては「やめる」と伝えた。助けを求めて連絡したのだが、返事は「あんたがそんなにやめたいなら、やめてもいいんじゃない? 帰ってきてもいいけど、あなたの戸籍をうちから消すから。家族として見ないから、一人で生きていきなさい」だった。厳しくも、自分のことを思ってかけてくれるその言葉に「ここでやめたら負けだ。もう1回やる」と決心させられたという。

 プロ入り後は支配下を目指し努力を続けた。昨年、ずっと応援してくれていた祖父が病気で他界した。「それがあって、ピッチングにもっと気持ちが出てくるようになった。じいちゃんに(活躍する姿を)見せたかったっていう悔しい思いもあったので…」。入団から2年間は公式戦の出場はなかったが、昨年はイースタン7試合に登板。公式戦初勝利を含む2勝を挙げた。

 巨人では果たせなかった目標の背番号2ケタ、そして1軍登板。現役続行を目指して7日には12球団合同トライアウトに参加し、打者3人を相手にヒットを許さなかった。「(家族は)どんな時でも見守ってくれていて。本人たちには恥ずかしくて言えないんですけど、感謝っていう言葉しか出ないんです」。トルネード投法で球場を沸かせる日が来ることを信じて、吉報を待つ。(記者コラム・河原崎 功治)

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