屈強な男たちが泣いていた。静まりかえった国立競技場に松任谷由実の歌声が響き渡った。
♪彼は目を閉じて
枯れた芝生の匂い
深く吸った
長いリーグ戦
しめくくるキックは
ゴールをそれた
2020年の東京五輪に向けた改修工事を控えた国立競技場。数々の名勝負を繰り広げてきた大学ラグビーの早大対明大も、この年が改修前の国立競技場では最後となった。試合終了後に「さよなら国立セレモニー」が行われ、両校のエール交換に続いてユーミンが登場した。
「本当に光栄に思っています。今、ここにいる選手の皆さん、すべてのラグビーOBの皆さんが必ずくぐってこられた厳しい練習の日々へのオマージュをささげたいと思います」。ピッチに立ったユーミンは、夫でプロデューサーの松任谷正隆氏の電子ピアノ伴奏で「ノーサイド」を熱唱した。1984年12月1日に発売されたアルバム「NO SIDE」のタイトル曲。「試合終了と同時に敵味方では、なくなる」というラグビーの「ノーサイド」の精神がモチーフになっており、ラグビーファンの間ではおなじみの曲だ。
選手も、超満員のスタンドのファンも一緒に歌を口ずさみ、早大の主将・垣永真之介は人目をはばからず涙を流した。垣永は「高校時代から聴いていた。感極まってしまいました」。明大の主将・円生(まるみ)正義も「本当にうれしくて、とにかく感激しました」と声を震わせた。
ユーミンがスポーツの試合で歌唱するのはこの時が初めて。国立競技場での歌唱は85年6月のライブイベント「ALL TOGETHER NOW」に参加して以来、28年ぶりだった。「ものすごくいい経験でした。水を打ったような静けさの中で歌い、武者震いした。崇高な気持ちになりました」。様々な会場でライブを行ってきたユーミンにとっても、特別な時間だった。
セレモニーはテレビなどの動画撮影が禁止され、スポーツニュースやワイドショーで紹介されることもなかった。選手と4万6961人の観客だけが目撃した「伝説の一日」となった。