貴景勝、大関初賜杯「横綱になる」優勝決定戦で照ノ富士にリベンジ 「お客さん喜ぶ相撲」八角理事長称賛

11場所ぶり2度目の優勝を果たし、万感の表情を見せる貴景勝
11場所ぶり2度目の優勝を果たし、万感の表情を見せる貴景勝

◆大相撲11月場所千秋楽優勝決定戦 〇貴景勝(押し出し)照ノ富士●(22日・両国国技館)

 勝利を確信した瞬間、貴景勝が、崩れようとする表情を必死にこらえた。涙は流さなかった。だが2年前の初優勝と同じ。細かく震える唇は、止められなかった。「優勝というより、応援してくれる人が『応援してよかった』と思ってくれることが本当に、本当にうれしい」。18年九州場所以来11場所ぶり、2度目の賜杯の味をかみしめた。

 勝てば優勝の本割は、照ノ富士に組み止められ、土俵に背中から叩きつけられた。だが表情は一切変えず支度部屋に引き揚げると、12分後の優勝決定戦で真骨頂を発揮した。立ち合いで踏み込み2度もろ手で押すと、3度目の押しで勝負あり。「何も考えてなかった。初めて脳(の働き)を止めて、体に任せてやりました」。元大関を、ど迫力の電車道で押し出した。

 2横綱2大関が不在の今場所。一人大関の使命感を背に、自己最多タイの13勝を挙げた。大関Vは17年初場所の稀勢の里以来。優勝制度以降500場所目の節目となった1年納めの場所を締め、八角理事長(元横綱・北勝海)も「一人大関で立派。コロナ禍でお客さんが喜ぶ相撲を取ってくれて、いい大関」と称賛した。

 19年春場所で大関昇進を決めた。だが膝のけがに泣き、在位わずか2場所で陥落した。地に落ちた勢い。それでも「腐るというのが一番ダメなこと」と、日々自分と向き合った。座右の銘は臥薪嘗胆(がしんしょうたん)。「自分にとって嫌な経験は必ず2、3年後に生きてくる」と耐え忍び、再び浮上する時を待った。

 今年の8月には、元大関・北天佑の次女でもある千葉有希奈さんと婚約。「土俵に立つのは俺一人だから。土俵の相撲を、見てほしい」。勝負師としての志に変わりはなく、多くは口にしないが、人生のパートナーも大きな支えとなった。

 大関として初賜杯。来場所は綱取りに挑む。伊勢ケ浜審判部長(元横綱・旭富士)は「当然、優勝となればそういう話になる。優勝しなきゃダメ。レベルの低い優勝でも困る」と強い横綱を期待し、今場所と同程度の成績を望んだ。

 近い関係者には常々「大関では終われません。横綱になります」と誓ってきた。「強ければ勝つし、弱ければ負ける。初場所まで一生懸命、課題を考えて2か月間やっていきたい」と次を見据える貴景勝。いざ、綱取りへ。幼い頃からの夢への扉は、大きく開かれた。(大谷 翔太)

 ◆貴景勝 光信(たかけいしょう・みつのぶ)本名・佐藤貴信。1996年8月5日、兵庫・芦屋市生まれ。24歳。14年秋場所で旧貴乃花部屋から初土俵。16年春場所後に新十両に昇進し、17年初場所で新入幕。千賀ノ浦部屋に移籍後、18年九州場所で初優勝を果たすと19年春場所に大関昇進した。しこ名は前師匠が好きな戦国武将の上杉景勝が由来。175センチ、183キロ。得意は突き、押し。

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