東映率いた映画界のドン・岡田裕介さん、急死 「カリスマ」父・茂氏の後継ぎ尽力

15年の報知映画賞表彰式で樹木希林さん、本木雅弘(右)とともに笑顔を浮かべる岡田裕介さん
15年の報知映画賞表彰式で樹木希林さん、本木雅弘(右)とともに笑顔を浮かべる岡田裕介さん
テープカットで父の岡田茂さん(左)と並ぶ岡田裕介さん
テープカットで父の岡田茂さん(左)と並ぶ岡田裕介さん

 俳優、プロデューサーとしても活躍した東映グループ会長の岡田裕介(おかだ・ゆうすけ、本名・剛=つよし)さんが18日午後10時58分、急性大動脈解離のため、東京都内の病院で死去した。71歳。同社が20日、発表した。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は妹の高木美也子(たかぎ・みやこ)さん。後日、お別れの会を開催予定。吉永小百合(75)作品の製作をライフワークとしたほか、日本映画製作者連盟(映連)会長として映画産業の発展に尽力し、映画界のドンとも呼ばれた。

 午後3時半。東京・銀座の東映本社内で岡田さんの急死が告げられると社員の間で「えっ、おととい会ったばかりなのに…」「信じられない」などと驚きの声が響き渡った。関係者によると18日夜、岡田会長は自宅で意識を失い、都内の病院に救急搬送。意識が戻らないまま71年の生涯を終えた。

 俳優として映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」(70年)などに出演後、プロデューサーに転身した岡田さんは、吉永小百合、高倉健さん(享年83)という2大スターの初共演映画「動乱」(80年)をプロデュース。吉永について「俳優としても、人としても尊敬している」と周囲に話し、その後も吉永作品の製作を生きがいとし、16作品をプロデュースした。関係者は吉永主演の映画「いのちの停車場」(成島出監督、来年公開)の完成を待たずに逝ったことに「天国で悔しがっていると思う」と無念さを代弁した。

 88年に東映に入社し、02年に53歳にして社長に就任した。前会長で相談役(当時)の茂氏の長男ということで「世襲」という見方もあったが、高岩淡会長(当時)は「決して世襲ではない。私たちが口説いて引き受けてもらった」と説明。岡田さんは自身も中途入社ということもあり、洋画配給会社の営業部門やテレビ局など外部の優秀な人材を積極的に採用し、社内を活性化させた。

 先見の明があり、社内の反対意見を押し切ってシネコンに参入。01年に「ティ・ジョイ」社長に就任した。「岡田さんの一番の功績はシネコン」という東映社員もいる。近年は映連会長として映画館の年間入場者2億人を悲願として、映像配信などの諸問題にも対応。コロナ禍で新作が相次いで公開延期となるなど、苦境の映画界を盛り上げる取り組みにもリーダーシップを発揮していた。

 ◆岡田 裕介(おかだ・ゆうすけ)本名・剛(つよし)。1949年5月27日、京都市生まれ。慶大在学中に一般公募で5000人から映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」(70年)の主演に抜てき。石坂浩二に似た風貌で注目された。プロデューサーとしても活躍し、88年東映入社。東京撮影所長、常務取締役を経て02年に社長、14年に会長に就任。19年に日本アカデミー賞組織委員会の名誉会長就任。特技は囲碁、将棋。趣味はゴルフ。

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