大阪ドームのプロレスこけら落としは「橋本真也が小川直也を失神KO」だった…金曜8時のプロレスコラム

1997年5月4日付「スポーツ報知」7面
1997年5月4日付「スポーツ報知」7面

 21日から京セラドーム大阪で日本シリーズ(巨人・ソフトバンク戦)が開幕する。先週は現時点で最後に行われた大阪ドームでのプロレス興行、新日本プロレス「闘魂祭り」(2004年11月13日)を紹介したが、今回は、プロレスこけら落としとなった新日本プロレス「STRONG STYLE EVOLUTION」(1997年5月3日)を振り返ってみよう。

 1997年は新日本プロレスが4大ドームツアーを行った唯一の年だった。1月4日の東京ドーム大会は恒例だが、4月12日に柔道世界選手権金メダリストの小川直也のプロレスデビュー戦の舞台として、東京ドームが用意された。そしてこの年に開場した大阪ドーム(5月3日)とナゴヤドーム(8月10日)に初進出。11月2日には2年ぶりの福岡ドーム大会と絶頂期を迎えた。

 この大阪ドーム初興行は、4月のデビュー戦で当時のIWGPヘビー級王者・橋本真也を撃破した小川が、その再戦として同王座に初挑戦というタイトルマッチとなった。

 当時のスポーツ報知の紙面をひもといてみると、「小川、失神負け」「橋本『どうだ』」「開始10分20秒 雪辱の必殺左ハイキック」「壮絶TKOに息のむ5万3千大観衆」「柔道王はタンカで控え室へ」との見出しが躍る。タンカで運ばれる小川の写真。この時代は勝っても負けても柔道王・小川が主役だった。この2年後の99年1月4日の東京ドームで小川が橋本をのしてしまうのは、また別の話だ。

 興行としてはどうだったか。当時の記事を引用すると…。

 『大阪ドームで初のプロレス興行は、超満員5万3000人の観客を動員し成功に終わった。これまでは4月24日に行われたプロ野球、阪神・横浜戦の4万8000人が最高。3月1日にオープンした同ドームの最多動員記録を新日本は大きく塗り替えた。大阪ドームでは「野球は4万8000人が最高。コンサートは舞台の設営の関係で3万5000人がいっぱい」と話しており、この記録は当分、破られることのない驚異的なものだ。興行収入もチケット、ビデオ、グッズ、放映料などを合わせ6億円に達した。』

 プロ野球の観衆が実数発表となる前の時代の数字をベースにしたプロレス興行の観衆だから、これを超えることがないのは当然としても、この初興行が絶頂期だったことは間違いない。小川は、8月10日のナゴヤドーム大会「THE FOUR HEAVEN」では、グレート・ムタの毒霧に苦杯。11月2日の福岡ドーム大会「FINAL POWER HALL」では、異種格闘技戦を行った。相手はキックボクサーのエルウィン・フレークル? 取材したはずだが、印象に残っていない(決まり手は、腕ひしぎ逆十字固め)。

 この年の10月11日に東京ドームで行われた「PRIDE.1」で、ヒクソン・グレイシーが衝撃の腕ひしぎ十字固めで高田延彦に勝った。ここがプロレス史の分岐点であることは論をまたない。大阪ドームのプロレスこけら落とし「STRONG STYLE EVOLUTION」は、「PRIDE.1」前夜の熱狂だった。(酒井 隆之)

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