学法石川の佐々木順一朗監督、仙台育英の記憶幾重にも…報知新聞5万号、紙面から当時を振り返る

紙面を印刷したものを見ながら当時を思い出す学法石川・佐々木監督(カメラ・有吉 広紀)
紙面を印刷したものを見ながら当時を思い出す学法石川・佐々木監督(カメラ・有吉 広紀)

 報知新聞が発行5万号を迎え、「とうほく報知」にも各競技の方々からお祝いのメッセージを頂いた。かつて仙台育英(宮城)を率いて春夏通算19度甲子園に出場し、準優勝2度の成績を残した現学法石川(福島)・佐々木順一朗監督(61)は、紙面を見ながら当時を回想。“紙面の数だけ思い出がある”と言わんばかりに、さまざまな出来事を語ってくれた。(取材・構成=有吉 広紀)

 印刷された過去の紙面を見た佐々木監督は、こうつぶやいた。

 佐々木監督(以下佐)「全部(紙面に)出ているでしょ? それこそ(県大会の)決勝も、甲子園も(取材にきて)いるし。こう見ていくと、その前後から何から全部つながっていくと思いますよ」

  • 15年8月21日付本紙最終版
  • 15年8月21日付本紙最終版

 甲子園の最高成績は準優勝2度。直近では佐藤世那投手(前オリックス)、平沢大河内野手(ロッテ)を擁した、15年夏だ。

 佐「同点に追いついてからが夢のような時間だったなと思います。世那が(相手打線が)手も足も出ない投球をしていたので、点をとれば優勝なんだという思いでやっていた。雰囲気とか、みんなが応援してくれていたような、高校野球をやっていて幸せだな、と思った瞬間でしたね。このときの捕手が郡司(裕也、現中日)で、今は小笠原(慎之介、東海大相模→中日)とバッテリーを組んだりしてるんだな、と不思議な感じはします」

  • 01年4月5日付本紙最終版
  • 01年4月5日付本紙最終版

 01年春の準優勝には、教え子たちのその後に思いをめぐらせた。

 佐「このときのエース(芳賀崇)が(宮城・村田高で)監督をやっていて、僕の横でスコアを書いてた子(須江航)が仙台育英の監督を、よく代走に出していた子(佐藤貴博)が岡山学芸館の監督をやっているんだな、バントのサインを出したら無視してホームランを打ったような子(米倉亮)が古川学園の監督なんだな、と思って。笑えますよね。センバツで決勝まで進んだのはこれが初なんです、東北地区では」

 衝撃を与えた点では07年夏、佐藤由規が155キロを計測した試合も挙げられる。

 佐「155を出したのはすごい雰囲気だったな、というのはあります。このときは(宮城大会の)決勝が仙台商で、(甲子園の)1回戦が智弁和歌山で、2回戦が智弁学園。(アンダーシャツなどの色が)赤、赤、赤でなんだよ、とすごく覚えてます。高島さん(仁氏、当時の智弁和歌山監督)が『これは手が出ない』と思って、小坂(将商、現智弁学園監督)に『目をつぶって1、2の3で打て』と言ったみたい。これで攻略されました。スライダーは見えないって言われましたね」

  • 06年8月2日付本紙最終版
  • 06年8月2日付本紙最終版

 一方で由規については、前年の06年の思い出も強いと言葉を続けた。不祥事を経て、監督復帰後初の甲子園出場だったからだ。

 佐「(宮城大会の)決勝で延長15回引き分け再試合。斎田(嵩人)という主将が肉離れでそれまで出ていないんですけど、(再試合で)途中から出て試合を決めたんです、ライトフェンス直撃のタイムリーを打って。そのときはベンチ全員泣いてましたね。僕も不覚を取りそうになりました。復活ですから」

 甲子園以外にも名勝負がある。一つ挙げたのは上林誠知(ソフトバンク)、馬場皐輔(阪神)らを擁した、13年夏の宮城大会決勝・柴田戦。初回に5失点しながら逆転サヨナラ勝ちした。

 佐「0―5でベンチに帰ってきたときに、『信じろ。5回までに点を取られたら君たちは負ける、でも1点でも返したら勝つから』と。初回にサードの大暴投があるんですけど、その加藤(尚也三塁手)が8回に同点打を打つんです。必ずお前に(チャンスが)くるぞと言って、本当にきて、センター前に打った。みんな泣いてました」

 紙面を見て振り返っていくうちに、感じたことがあるという。

 佐「勝ちをそんなに意識しなくなってからのほうが、ドラマが多いんです。それは不思議。楽しくやろうよとか、いろんな芸風をいっぱい磨きながらやってきて、どんなに劣勢でも、特に高校野球は何とかなるよ、と。そういうなかでも楽しめる、そんな指導の集大成が(15年夏の)準優勝ではないかな」

 今月で就任丸2年をむかえる学法石川でも、これまでのような思い出を作っていくつもりだ。

 佐「何を今思うかというと、このくらい幸せだったんだなと。これだけ思い出があるんですよ。学法石川でもできるなら一緒に思い出を作ろうよ、と話しています。今は(身近なものを)何から何まで(ユニホームカラーの)ブルーにしてますから。選手には、まず自分のチームを愛さないとだめだよと言っています。僕も愛してますからね」

 ◆佐々木 順一朗(ささき・じゅんいちろう)1959年11月10日、宮城県生まれ。61歳。宮城・東北では2年夏に甲子園8強。早大からNTT東北を経て、93年に仙台育英コーチ、95年に監督就任。春6度夏13度甲子園に出場し、最高成績は2001年春と15年夏の準優勝。12年国体、12、14年明治神宮大会優勝。18年11月に学法石川監督就任。現役時のポジションは投手。

紙面を印刷したものを見ながら当時を思い出す学法石川・佐々木監督(カメラ・有吉 広紀)
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