【巨人VSホークス激闘史】〈1〉51年の初対決では巨人が練習から圧倒

スポーツ報知
53年、南海との日本シリーズでMVPの活躍を見せた巨人・川上(左)

 過去、70回行われた日本シリーズでは、巨人とホークスの対戦は通算11度あった。これは巨人・西武戦の10度を超えて、最も多い。これまでの戦いを全4回で振り返る。

 ジャイアンツ、ホークスが最初に対決したのは、2リーグ制となって2年目の1951年だった。当時は「日本ワールド・シリーズ」(53年まで)と呼ばれていた。各地6球場で行った前年の日本シリーズと違って、この年から巨人の本拠地試合が後楽園球場、南海は大阪球場で行われるようになった。

 第1戦を前に、大阪球場での打撃練習で巨人はニューボールを使った。すると打球は次々とスタンドに飛びこんで、試合前から南海ナインの度肝を抜いた。ベテラン勢がそろう巨人は、そういう意味でも精神的に優位に立ち、第1戦は前年に史上初の完全試合を達成した藤本英雄が、第2戦は通算310勝の別所毅彦が連続完封。第3戦は翌年にかけ20連勝した松田清で3連勝、第5戦は再び藤本が9回の2失点だけで完投勝利。巨人・水原茂監督は「きょう負けると(移動日なしで)大阪へ向かわねばならなかったので全力を挙げて戦った。優勝へ導いたのは全員一致のチーム力だ」と振り返った。南村不可止(ふかし)が16打数9安打でMVPに輝き、川上哲治、青田昇ら第2期黄金時代の主軸もよく打ち、プレーイングマネジャー山本(のちの鶴岡)一人率いる南海を圧倒した。

 52年は南海のパ・リーグ優勝がシリーズ初戦の2日前という慌ただしさ。そんな相手に巨人のエース別所毅彦の独り舞台というべきシリーズだった。

 シーズン33勝を挙げた別所は第1戦と第4戦に危なげなく完投勝利を挙げ、第6戦では同点の6回から中2日ながら登板し3勝目をマークした。打撃でも別所は第1戦に先制タイムリー、第4戦の8回にも2点タイムリーと、9打数5安打3打点という打者顔負けのバッティングを見せて、チームは4勝2敗で2連覇を飾った。

 3年連続の対決となった53年は米国から2チームが来訪したため、移動日なしの7連戦。10月17日に巨人は日米野球が組まれているため、もし第8戦に持ち込まれれば11月に持ち越されるところだった。

 初戦の延長12回、代打・村上一治のサヨナラ安打で南海が初めて先手をとったが、その後巨人が3連勝。異例の甲子園開催となった第6戦は南海が大神武俊の完封勝ちだったが、第7戦で逆転勝ちし3連覇。川上は27打数13安打5打点の活躍でMVPを受賞した。

 当時の球界を代表する“100万ドルの内野陣”と言われた一塁・飯田徳治、二塁・岡本伊三美、三塁・蔭山和夫、遊撃・木塚忠助らも抑え込まれて南海・山本監督は「(6得点の)与那嶺に徹底的にかき回された。でもここまで(巨人を)苦しめれば本望。4年目を狙うほかは無い」と悔しさをかみ殺して話していた。(蛭間 豊章=ベースボール・アナリスト)

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