中谷潤人 世界王者への道<上>空手連戦連敗12歳は「楽しい」拳で連戦連勝…11・6ゴング

スポーツ報知
今夏、富士山の麓で走り込みを行った中谷(M・Tジム提供)

 前日本フライ級王者でWBO世界同級3位の中谷潤人が同1位ジーメル・マグラモと対戦するWBO世界同級王座決定戦はあす6日、東京・後楽園ホールで行われる。WBA世界ライトフライ級タイトルマッチが中止となったため、この試合が新型コロナウイルス感染拡大後に国内で行われる初の世界戦となった。スポーツ報知では「中谷潤人 世界王者への道」と題し、ここまでの歩みを紹介。第1回は空手で連戦連敗だった少年が、ボクシングと出会い連戦連勝に変わるまで。

 「縦の糸」を「横」に変える発想の転換が、無敗のボクサーを誕生させた。小3から空手に励んだ中谷。「実は一度も試合で勝ったことがなかったんです」。体が小さく、フルコンタクトの戦いでは厳しく連戦連敗。それでも諦めなかった。

 両親は当時、三重・東員町でお好み焼き屋さんを営業。中谷は幼い時から店を手伝い、常連客にもかわいがられていたから、空手で頑張っていることも知られていた。「ウチのお客さんで、僕が勝てないことを知っていた人がボクシングを勧めてくれた。空手は学年別の大会で当たり負けをすることが多かったから、体重別のボクシングの方がいいんじゃないかって。元々格闘技が好きだったから、中学に入る前に一度体験したら、すごく楽しかった」

 12歳の中谷は一転、連戦連勝。中2で15歳以下の全国大会32・5キロ級で優勝した。楽しいから練習する。強くなる。中1から通っていたKOZOジムの石井広三会長からは毎日、「世界チャンピオンになるんだぞ」と言われた。「毎日、自問自答しながらモチベーションにしていた。その思いは今でもしみついています」

 中3の時、悲劇が襲った。全国大会直前に石井会長が亡くなった。中谷は大きなショックを受けながらも試合に出た。「会長が喜ぶのは…と考えて、結果を出したいと気持ちを切り替えた」。見事に40キロ級で優勝した。

 15歳は決断した。「高校に行かず、プロになる。そのために米国でボクシングがしたい」―。最初は戸惑った両親も息子の背中を押す。「高校に行かせたかったけど、潤人が初めて自分からやりたいと言ってきた。選手生命は短い、高校は後からでも行ける、と」と父・澄人さん。米国修業は石井会長の願いでもあった。中谷は日米を行き来しながら、力をつけていった。

 そして、父と2人でM・Tジムの門をたたいた。「世界チャンピオンになりたい」。村野健マネジャーはその第一声に「これは生半可な気持ちじゃない」と全面協力を約束した。(谷口 隆俊)

◆状態に手応え

 〇…中谷は4日、世界戦に向けて宿舎となるホテルに入った。10月31日にスパーリングを打ち上げ、今月3日に最後のジムワークを終えた。関係者によると「仕上がりは良い」と手応えをつかんでいる。最終スパーながら、8回と長めに行った中谷は「集中してできた」と話している。ジムはコロナ対策を徹底し、中谷専用の練習時間を設けたほか、トレーナー経由での感染の可能性も危惧し、この2週間は会員にもミット打ち中止の協力を求めた。

 ◆中谷 潤人(なかたに・じゅんと)1998年1月2日、三重県生まれ。22歳。中1からボクシングを始め、U―15全国大会で2連覇。中学卒業後、米国に約1年間留学。元世界2階級制覇王者・畑山隆則らを育てたルディ・エルナンデス・トレーナーの指導を受けた。2015年4月にプロデビュー。16年度全日本フライ級新人王。初代の日本同級ユース王者。19年2月、日本同級王座を獲得した(その後、返上)。戦績は20戦全勝(15KO)。171センチの左ボクサーファイター。

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